読めば読むほど深い一句「何もかも知つてをるなり竈猫」

何もかも 知つてをるなり 竈猫

は、富安風生の代表的な作品。これがねぇ、10代、20代、30代と年を重ねるごとに重みを感じる一句なのです。特に40~60代のお父さん世代にはおすすめ。それぞれの年代、それぞれの立場、それぞれの心理状態で竈猫の受け取り方は変わります。でも、全ての男性陣の心にじ~んと沁みる事だけはうけ合いです。

富安風生が生きた時代。

食事は竈(かまど)で煮炊きしていました。料理を終えた竈の中にはホカホカの灰が残っていて、その灰の中で猫は暖を取っていました。灰にまみれたその姿から生まれた言葉が「竈猫」。もともと富安風生が作った造語でしたが、高浜虚子に認められて「竈猫」は新季語として登録されました。ちなみに「結構毛だらけ猫灰だらけ」の猫灰だらけも、竈で暖を取る猫の姿から来ています。

さて、「何もかも知つてをるなり竈猫」の意味。それは、

家の中で一日を過ごす猫は、家の中の良いこと、悪いこと、知らない方が良かったこと、決して誰にも言えないこと…。

そのすべてを知っている。しかし猫は何もしならない顔をして眠っている。

深い、深すぎる。

なんだろうなぁ~…という初老のおじさんの哀愁を感じざるを得ない俳句なのです。いつも外の出かけていて、家の事は何にも分からない自分。一方で、家の中の話をすべて知っている猫。すべてを知っていて、あえて知らん顔をしている猫に対して思うことは多々あった事でしょう。

猫を抱っこして愚痴をこぼす。ちいさな愚痴もあれば、決定的な愚痴だってある。それを猫は受け止めながらも決して口外する事をしない。猫を抱っこして愚痴をこぼす人間を家族に当てはめてみれば、年を重ねるたびにため息が多くなるのも仕方の無い事なのかもしれません。そんな意味から、竈猫の句を読んで何も感じられない人は幸せな人だとも思います。

いづれにせよ、

何もかも 知つてをるなり 竈猫

お父さん、がんばって!

なのです(笑)。

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