三島由紀夫の金閣寺(P283)で、腓のところを……という一節があった。当然のようにノートにメモを残すと「こむら返りですわ」という、竜崎麗香のセリフが頭に浮かんだ。彼女が口ずさむセリフのひとつひとつは、僕が小説で使うお嬢様言葉のベースである。幼少期に見たアニメの記憶。それは、無駄ではありませんわ……的な。
メジャーすぎて、説明の必要すらないのだけれど……竜崎麗香は、70年代を代表する少女漫画。エースをねらえ!のお蝶夫人のフルネームである。1973年───アニメ化された本作を、リアルタイムで僕は見ていた。当時は小学生にも満たない、鼻を垂らしたクソガキだった(汗)
とはいえ、まだまだ小さな子どもである。恋愛に興味があるでなく、性への目覚めには程遠い。ロケットパンチが出るわけでなく、少女漫画特有のキラキラ作画も苦手であった。テニスをとおしたスポ根要素のみが見続けられた要因だった。意味も分からずブラウン管をボーッと眺める。音羽さんの画鋲事件で女子の嫉妬の怖さを知った。ちなみに僕が、少女漫画を最終話まで読了したのは、後にも先にもエースをねらえ!のみである。アニメの続きがあるのを知ったとき、うわっと思ったのも懐かしい思い出(笑)
〝腓〟の漢字ひとつに、ここまでイメージを膨らませるのには理由がある。どんなことでも、そうするように訓練している。まぁ、物覚えが悪い僕には、些細なキッカケだろうが話を広げる。過去の記憶と結びつけば〝腓〟という漢字が覚えられるし、金閣寺で使われた場面さえもが、同時に記憶できるのだ。〝腓のところを……〟この場面は、主人公が女を買い……まぁ、そういう場面で、今日もサヨリは元気です(笑)
とはいえ……だ。エースをねらえ!は、子どもが見るにはハードルの高いアニメである。人間相関図が、お昼のメロドラマ(死語?)くらい複雑なのだ。あらすじをざっくり書いても、相当な文字数が必要になるだろう。また、岡ひろみ(主人公)、宗方仁(コーチ)、お蝶夫人……どの視点で読み解くかで、作品の印象も大きく変わる。
お蝶夫人のライバル、緑川蘭子が宗方コーチと異母兄妹だと明かされた回は衝撃的だった。異母兄妹の意味が分からず、先生に訊くと回答を濁された時代である。言葉の答えも知らぬまま、強烈なセリフだけが幼き脳に蓄積された。その言葉を使う場面などないというのに……ただ、その便利な機能が今でもあれば、どれだけ老後が楽しかろう……とは思う(汗)
───男なら、女の成長をさまたげるような愛し方はするな!
とか、
───愛してる、愛してる、愛してる。これほど愛せる相手にめぐりあえるとは思わなかった。生きてきてよかった。
とか、
───もとめず、ひろみを愛していた。
とか……これは、宗方コーチのセリフだけれど、何となく半世紀が過ぎても記憶に残った。死と隣合わせの宗方仁の恋愛は、与えるだけの叶わぬ恋。優勝メダルをひろみに渡す藤堂の恋は、未来へ進む熱き恋。宗方コーチの最後を思えば、エースをねらえ!の本質は、命の話でもあった。そのメッセージ性に溢れた言葉の数々が、当時の女性の心を掴むのも、当然の帰結だったと言えるだろう。
現実にはあり得ない。あり得たとて稀である。もし仮に、その両方を受け取った人物がいたとすれば……今まさに、人生のエースをねらっているのに違いない。
よし! 腓は覚えた(笑)
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