俺が知るゆきの部屋。そこには、女の子の願望が詰まっていた。
まるで、お城の一室である。広い空間に置かれた家具の数々。所狭しと置かれたぬいぐるみと小物たち。そして、巨大なキャットタワーには、可愛らしいジュリアーノ(ゆきの飼い猫)。もちろん寝室は別にある……見たことないけど。女の子なら、誰もが羨ましく思う部屋。それが、ゆきの部屋だった。だがそれは、俺が中学までの記憶である。
ゆきの部屋は、きっと中学時代から進化を遂げているのだろう。なぁ、ゆき。そうだろ? お前のすくすく育った乳のように……。高校入学と同時に、ゆきの胸はアケミが妬むほどの進化を遂げた。
高二の学園祭、コスプレ姿のゆきがいた。
「……なんか、スゲーな? 髪の毛、ピンクだし……」
当時、人気アニメのヒロインに扮したゆきが、出し物のビラを配っている。タヌキ顔系の可愛らしさと、はち切れんばかりのボリュームがスーツの内側から溢れている。ゆきの姿に足を止める男子生徒たち。その目が釘付けになるのも当然だ。
「うん。アニ研の助っ人でコスプレすることになって……胸がきつくって、困っちゃう」
そうだな。お前の胸が窒息しそうだよ。
「でも、私はうれしいわ。こんなの滅多に拝めるもんじゃないからね」
俺とゆきとの会話に割って入る、アケミの瞳がギラギラしていた……お前、もしかして、そっちなの?
「てか、このコスプレって怒られないか? 生徒会から。俺にはそんな未来しか見えないが?」
「わかんない。ふふふ……」
ぴっちりとした白いパイロットスーツ。それがゆきのボディラインを強調している。特に胸が真剣十代しゃべり場だ。ツクヨと忍の子守を兼ねて、学園祭に来た俺とオッツーが、目のやり場に困ったのは当然の反応だった。竹馬の友とはいえ、ゆきの胸は兵器じみている。その最終兵器に向かって忍が言った。
「……乳をしまえ」
───と。
女の敵は女だな……俺はそう思った。のんとゲンちゃんうどんで食事した夜。そんな乳から……否、ゆきからメールが入った。
───土曜日の夜、時間ある? わたしの家に来れるかな?
土曜日の夜、嫁入り前の娘の部屋でふたりきり。誰しもが、エロい妄想をするのだろう。ゆきが相手じゃなければ俺もする。だがしかし、金持ちの箱入り娘は、鉄壁のセキュリティで守られている。部屋だからこそ、尚更だ。もし仮に、俺がゆきに指一本でも触れようものなら、その場で警察に逮捕されるだろう。
───分かった、土曜日な。晩飯食って行くから、ゆきママにお気遣いなくとお伝えくだされ。
俺は快諾し、指定された土曜日の夜。ゆきの家の門をくぐった───豪邸である。ゆきが玄関先で出迎える。ダボッとした大きめのシャツとジーンズの服装で、乳どころか身体のラインすら分からない。てか、すっぴん顔に俺は思う。俺のこと、男扱いしてないだろ?
「サヨちゃん、ここに来るのって久しぶりね。うれしいわ……うふっ」
そう言うと、ゆきは俺の背後に回り込み、白い手のひらで俺の背中を押し始めた。長い廊下で、俺の背中を押しながらゆきが言う。
「サヨちゃん、おっきくなったね」
お前は、オカンか?
ゆきが部屋のドアを開くと、高級ホテルのスイートルームのようだった……すげぇーな! 金持ち。俺にも、こんな部屋があったらなぁ……。俺は好奇心の塊となり、部屋の隅々まで眺めていた。キャットタワーのてっぺんで、ジュリアーノも健在だ。
「もう、サヨちゃん。あんまり見ないで、恥ずかしいじゃん。先ずは、お茶ね。ふふふ……」
そう言うと、ゆきはスマホを取り出しタップした。しばらくすると、ゆきママがお茶セットを持ってきた。家なのに……カートに乗せて。いつ見てもゆきママは、エレガントなお洋服を着こなしていらっしゃる。こんなのを、うちのオカンが着たら……いや、この想像は止めておこう。
「飛川くーん。しばらく見ないうちに、立派に大きくなっちゃってぇ~」
はははは……お母様。お嬢様の胸には負けますよ。
「食べて食べて。これねぇ、お取り寄せしたケーキなの。一段目のが……ベルンのティラミスでぇ~、隣の可愛いのが……」
ゆきママは気さくで優しい人だけれど、口から飛び出す単語の数々。それを、何度聞いても覚えられない……てか、誰が食うんだよ? こんなに沢山。ゆきは俺の伝言を、ママに伝えてくれたのか? テーブルに皿が並ぶ光景は、さしずめスイーツバイキングなのだか……。テーブルの中央には三段スタンド。
可愛らしくも高級感溢れる、小さなケーキが並ぶ三段スタンド。ヨーロッパの豪邸で、貴族がお茶する時にあるヤツだ。そうそう、アフタヌーンティーだっけ? 映画じゃお馴染みのアイテムだけれど、実物がある家なんて俺は知らない。小洒落たケーキ屋さんで見たことあったか……でも、俺の生活で、それを使う場面はない。うちにあったら……せんべいとかりんとうが乗ってそうだ。ツクヨには、好物のチョコパイを乗せてやろう───ケーキはダメだ。ケーキを乗せる予算がない。
「なぁ、ゆき。ゆきちゃんよ。このケーキが乗ってる台あるじゃん? これって、名前とか……あんの?」
とはいえ……だ。未来で小説に使う場面があるかもしれない。きっと、名前もあるだろう。俺はゆきに問うてみた。
「ケーキスタンドのこと? アフタヌーンティー・スタンドとも呼ぶわね。サヨちゃんちにもあるでしょ?」
ない! そんなものは断じて───ない! てか、ゆきちゃん。お前は、動く度に胸が揺れるんだな……。ブカブカの服からでもそれが分かった。きっとゆったりとした空間で、自由を謳歌しているのだろう。
「あはははは……まぁ~ね」
幼馴染みだとて、ケーキ如きでマウントを取られたくない俺である。知ったかぶりで、紅茶を飲んで、知ったかぶりして、ケーキを食べた。俺が三個目のケーキに取りかかった頃、ゆきのスマホが大きく鳴った。
「あ、時間だわ。サヨちゃん、こっちのソファーに移動してくれる?」
ゆきの部屋には談笑テーブル用のソファーとは別に、巨大なテレビの前にもソファーがあった。そのどちらも本革製なのだろう……確信はないのだが、一生懸けても買える気がしない。
「了解!」
俺はケーキを乗せた皿を持ちながら、テレビ前のソファーに腰を下ろすと、ケツがソファーに沈んでゆく……俺は一瞬、ソファーで溺れるような錯覚に陥った。無意識に声が漏れる。
「うわぁ!」
「サヨちゃん、どうしたの?」
「いや、別に……」
俺……もう、ゆきの部屋には来ないから。高級家具に殺される。俺は本気でそう思った。ゆきは俺の隣に座ると、テレビ画面に向かって指をさす。
「アケミ……さん?」
まさしくこれは、ビデオ電話。
画面にアケミの顔が映っているのだが、地雷系メイクのアケミが、俺には誰だか分からなかった。新手のユーチューバーかとも一瞬、思った。だって俺は、アケミの化粧姿を見たことないもの。女って、数ヶ月でこんなに変わるものなんだぁ……。俺はアケミの変化に感心していた。ゆきの乳と同じように……。
「もう、アンタ。何やってんのよっ!」
てか、アケミさん……久しぶりなのに怒ってない? 俺は気づかぬうちに、地雷系の地雷を踏んだのか? 味方だと思っていたゆきが、アケミの援護攻撃を開始した。
「そうだ、そうだ!」
ゆきちゃん! お前もかっ! ゆきの援護に気をよくしたアケミが、画面の向こうで睨みを利かす。
「サヨちゃん、今夜はしっかり絞るからねぇ! 覚悟して」
アケミの声のトーンがグッと下がる。その変化は、電話を切った後のオカンのようだ。
「そうですの。サヨちゃん、酷いんですのよ。ホホホホ……」
お嬢様言葉になったゆきは、とても楽しげだ。
そこで俺はようやく気づく……これは女ギツネと女ダヌキが仕掛けた罠であるということを……。そして思う。いつも俺の側にいた、オッツーという男の偉大さを。
なんの話か知らないが、長い夜になりそうだ……。
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