本の表紙が汚れちまった……。
アガワ家の危ない食卓は、阿川佐和子の食にまつわるエッセイ集だ。250ページほどの単行本を、50日以上もかけて読んだのは、アニキに対する僕なりの想いがあった。
「本を数冊送りました。小説の肥やしにしてください(笑)」
これは、二年ほど昔のことである。僕の読書生活は、アニキのメールで始まった。アニキは自称「読書が好きです!」な人であり、僕は自称「読書は苦手だよ!」な人である。両極端なふたりだったけれど、仲違いなど一度もなかった。
これが……アニキにとっての数冊か? ってか……数冊ですか?
太宰、三島、夏目に芥川……ゆうパックに詰め込まれた本の山。それが丁寧に、作者ごとに包装されている。袋を開きながら我思う───マジっすか?。
本を開くと、文豪からのプレッシャー。途方に暮れるとはこのことだ。僕の余生かけても、この冊数を読めるかどうか。自信なんてありゃしない。なんかもう……生まれてきてすみません(汗)
「お客様。今宵は何を読まれます?」
アニキはバーテンダーの経験があるという。これはきっと、アニキが厳選したカクテルなのだ。そう思えば、読まぬ理由が見つからない。じゃ、読もう! 言い訳なんぞも探しつつ、本を開く僕である。これ、なんて読むんな? どんな意味な? こんなの語彙の暴力じゃないか! なぁ、三島。一行目から意地悪じゃん!(汗)
読むにしたとて、読めない漢字と、知らぬ熟語に苦戦する。それを見越してのことであろう。ゆうパックには、漢字辞書まで入ってた……なんて、用意周到な人なんだ。感心を通り越し、感動さえ覚えるのだが、なかなかどうして、僕にとっての文豪は、ラオウ以上の強敵だ(汗)
本を開けば、辞書と小説とを睨めっこ。それでも慣れとは恐ろしいもので、半年もすれば、どんなバカでも少しくらいは進化する。なんとなく、文豪小説が読めたタイミングで、アニキからマンガに紛れて新たな小説がやってくる。
アーニャに紛れて、江國香織と朝井リョウと谷崎の潤ちゃんが混ざってる。「だから…アーニャ、あかてんのテストでも、どうどうとみせることにしてる!!」と言いたいところだ(汗)
けれど、プチ奇跡くらいなら起こるもので、昨今の小説であるのなら、不思議なくらいすんなりと読めてしまう。なんつーの? 辞書がいらない快適さ(笑) そのどれもこれもが素晴らしいと思うのだけれど、やっぱり面白いとは感じない……。それもこれも、僕の読解力の乏しさだろうか?
転機が訪れたのは、森絵都のカラフルだった。面白い。あとがきに、阿川佐和子の名があった。この人は好き。そして、最後の恋……それは、至極の恋愛アンソロジー(帯より)。こんな小説を読む未来があるなんて、お釈迦様でも気づくめぇ~。そこにも阿川佐和子の名があった。
あの時、何を考えていたのだろうか? 僕は筆を滑らせた───僕、阿川佐和子さんが好きなんですよ……と。
あれが好き、これが好き。
あれがほしい、これがほしい……。
ブログでもメールでも、僕は禁じ手だと決めている。だって、そうでしょ? それを知ったら、アニキが送ってくれるもの。その気持ちはうれしいけれど、アニキに無理をさせたくない。
「必要なものがあれば、なんでも教えてくださいね」
ちょいちょいと、メールにその言葉があるけれど
「はいそうですか」
とは言い出せず、お茶を濁す僕である。
アニキは、僕の相棒であり、親友であり、担当者だとしても……そこは、やっぱり気を遣う。そんな僕が、ついポロリをしたものだから、アニキもうれしかったのだろう。僕の手元に阿川佐和子がやってきた。いわゆるひとつの団体だった。
我が家に届いた佐和子たち。ずらりと本棚に並べてみると、アガワ家の危ない食卓だけが浮いている。これだけ背表紙が違うのだ。なんとなく、何かに導かれるように、それを手に取る僕である。この本には、何かある……。
話は変わるが、マイブック(新潮文庫)という本がある。その中身は白紙である。ページごとに、今年の日付が書き添えられていて、文庫本のカタチをした日記帳のような本であり、アニキが年末に僕にくれた本でもある。さて、これに何を書くべきか?
最初は気になる言葉と文脈に加えて、表記ゆれのルールなどを書いていた。そのうちに、読み始めた本の題名に、心に刺さった言葉を添えて、読み終わりの日付を書き残し、その感想は心に刻んだ。
去る、2025年6月27日(金)───桃の摘果の最終日。アガワ家の危ない食卓を読み終えた。
マイブックを開いてみると、読み始めは5月6日のことである。蓋を開ければ、50日以上も持ち歩き、本の表紙が汚れちまった……。なんか、ごめん。でも、この一冊には特別な想いがあると信じている。だから、ここまで読むのを引きずった。
天道さんの話では、アニキの蔵書は5万冊を遥かに超えるという。無限とも思える活字の先で、アニキの目に何が見えたのか? その人物が選んだ本である。この違和感にだって、何かしらのメッセージが隠されているのに決まってる。
アガワ家の危ない食卓の最後の章には、カクテルの話題が紡がれていた。そっか、そっか。そういうことか……ありがとう。やっぱりアニキは粋だよね。僕からの最初で最後のリクエスト。その回答が、アガワ家の危ない食卓であり、アニキがいない世界で、僕が初めて読んだ本である。
なぁ、アニキ。そっちは、茶熊さんに逢えたかい? リアルな僕に……幻滅してる? それを思うと不安だなぁ……。四十九日の二日後に、しんみり思う僕がいた。
「今宵は何を読みますか? まだまだ、未読があるでしょう?(笑)」
「じゃ、アニキ。次も佐和子で(笑)」
ゆっくりと、僕は佐和子のアンソロジーシリーズに手を伸ばす。たとえ一冊でも、アニキの世界に近づけるように……。
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