飼い猫信長と野良猫家康(ケイテイ)

ショート・ショート
猫の話
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「おい、覇権(家康)と絶望(オリク)が睨み合ってるぞ!」

「えーーー! 家康の現役復帰かっ!天地がひっくり返るぞ!」

「世界地図が塗り替えられる……」

 信長を挟んで睨み合う家康とオリク。地を這うような低い姿勢の家康とは対象的に、後ろ足で立ち上がるオリクの顔には、余裕の笑みが浮かんでいる。体格と経験値なら老兵家康、勢いと持久力なら女帝オリク。猫の勢力図が書き換えられる戦いに、固唾を呑んで動向をうかがうボス猫の群れ。もし仮に、家康が現役復帰を果たせばすべてが変わる……。引退した今も尚、覇権の称号の影響力は健在であった……。

「おい。真ん中の茶トラの若造……あれ、なんだ?」

「家康の息子じゃねーか?」

「いや、違うっぽいぞ。ありゃ、飼い猫だなぁ」

「じゃ、ただのバカ?」

 いつだって、下っ端の会話は好き勝手だ。下っ端は憶測だけで判断するが、本質を見抜くボス猫たちは、終始無言で状況に順応しようとしていた。彼らには、彼らなりの、未来予想図があるのだから。

「早く逃げろ、光秀。相手が悪い! オリクは本気だ」

 家康が注意を促す。

「信長じゃ! このおばちゃん、強いんか?」

 信長は能天気を貫く。

「あら、おばちゃんって誰かしら……これで四度目、覚悟しな!」

 オリクの怒りは頂点を突き抜けた。

「おばちゃんは、おばちゃんやんか? 誰が見てもおばちゃんやん?」

 煽る信長に、オリクは答える。

「ふふふふ……そうなの?……おばちゃんなのね───死ね」

 オリクの笑いに、半径十二メートル以内が凍てついた。円を描く猫の群れが、ザザッと瞬時に後退する。ようやく、下っ端たちも危機感を持ったようだ。オリクの闘気に言葉を失う。

「じゃ、連れていってあげようね。冥土って名前のユートピアに。ねぇ、おバカちゃん。お土産は持ったかい?」

 さらにオリクは前足を広げ、信長を威嚇する。

「家康ぅ~、冥土って、何処や?」

 それに動じないのが信長である。まん丸な目で、家康とオリクを交互に見ている。覇権と絶望との戦いは、コンマ数ミリの攻防戦だ。一瞬で勝敗が決まる。それは、近距離で互いに拳銃を撃ち合うようなもの。どちらも迂闊うかつに動けない。時間をかけてジリジリと、互いに間合いを詰めてゆく。両者の間合いに入った瞬間、信長が大声で叫んだ。それは、誰も予期せぬひと言だった───

「あ、ケイテイちゃんだ!」

───お前は、殺す!

 家康は心で叫んだ。そんな家康には目もくれず、一目散に信長はケイテイの元へと駆け寄った。家康とオリクは、ポカンと口を開け、信長のデカいケツを眺めている……。先に我に返ったのはオリクであった。

「家康さん。アナタ、まだまだ現役ね……久しぶりにゾクゾクしちゃった。生きてるって、実感できたわ。でも、お友だちは選んだほうがいいわよ。あの子はダメよ、レベチのバカだわ」

 柔らかいオリクの声に、ビリビリとした緊張感が一気にほぐれた。

「いやいや、オリクさんには敵わんよ……てか、アイツは友だちなんかじゃないから。それよりも、気分を悪くさせてすまんかったな」

「いいのよ。私も大人げなかったわ。これで、おあいこね」

 オリクが言うと、家康は姿勢を上げて攻撃態勢を解除した。

「パパぁ~!」

 家康とオリクの間に、何も知らない白猫ケイテイが割って入った。ケイテイのかたわらで、信長はちゃっかりと座って家康に言う。

「お父さん!」

「誰が、お父さんや!」

 家康が信長の頭をコツリと叩くと、口を開いたのはオリクだった。

「あら、ケイテイちゃん。相変わらず、おきれいだこと。今日も毛並がスベスベねぇ~、羨ましいわ」

「オリクさん、パパと何かあったんですか?」

「久しぶりに、家康さんの本気を見みてみたかっただけ。それだけよ」

 そう言うと、オリクはケイテイの頭を撫でた。人間に飼われる以前、乳飲み子だったケイテイを育てたのがオリクであった。ある意味、ふたりは母娘の関係でもある。

「まぁ、そういうことだ……なんでもない」

 家康がそう言うと、二匹は地面に背中をこすり始めた……。そして立ち上がると、何事もなかったかのように、閻魔様の元へと歩き始める。一瞬で、何もなかったことにするのも、猫の習性のひとつである。それでも、互いの気質と戦闘力を知るケイテイは不安げだ。ケイテイの矛先は家康に向かう。

「パパがオリクさんと喧嘩しているって聞いて、駆けつけてきたのよ。そうなれば、人間の世界大戦と同じだもの……」

 家康の縄張りを管理しているのがケイテイであった。ケイテイのような家猫が、縄張りを仕切ることなどあり得ない。しかし、ケイテイの後ろ盾が家康ともなれば話は別である。会社でたとえるのなら、ケイテイが社長で、家康は会長という立ち位置だ。それ故、ケイテイにも集会への参加義務が課せられていたのだ。そんなことなど、我関せずの信長が口を開くと、漫才のような会話が始まる。

「喧嘩しちゃダメだぞぉ~、お父さん!」

「お父さん、言うな!」

「お黙り! おバカちゃん」

「ぎゃーーーー!」

 覇権と絶望から放たれた、強烈な猫パンチに信長は頭を抱えてうずくまった。命が助かっただけでマシなのだが、しばらく立ち上がれぬほどのダメージだ。

「家康さん、このおバカちゃん……閻魔様に会わせるの? 悪いこと言わない、ここで帰したら?」

 あまりの信長の自由奔放さに、さすがのオリクも顔が曇る。並の猫ならば、どんな荒くれ者だろうとも、閻魔様を見た瞬間に恐れおののく。だが、人間と暮らす信長にそれが通用しそうもない。飼い主とネット動画を見続けた影響で、どんなビジュアルにも耐性を持っている。きっと、信長は驚くどころか喜ぶだろう。

 閻魔様を前にして「あるんだぁ……CG」などと言いかねない。その可能性は極めて高い。家康VSオリクのバトルが世界大戦であるのなら、閻魔様の怒りはアルマゲドンだ。その破壊力たるや計り知れない。バカは罰───オリクは、それを懸念したのだ。

「ワシもそう思う。そう思うけど……コイツの先を見てみたい」

 そう言って、不敵な笑みを浮かべる家康であった……。

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