木々の隙間から差し込む月光が、閻魔の白き体毛に反射して、神秘的な輝きを放っていた。その神々しい姿を囲むように、猫だかりができている。最前列に座るのは、各エリアを統治するボス猫たちだ。その背後に手下たちが次々と並ぶ。この集会は、閻魔が鬼猫と呼ばれた昔から、満月の夜に行われていた。
「皆さん、お揃いですね」
「オリクが来たよ、道を開けな」
ケイテイとオリクが祠の前に到着すると、手下たちが自動ドアのように道を開けた。二匹は閻魔の前でお辞儀をしている。家康は手下たちの背後から、その様子を見つめていた。
「家康ぅ! ケイテイちゃんって、凄い猫なの? なんか俺、感動してるぅ~」
幻想的な儀式のように見えたのだろう。さすがの信長も家康の後ろで身震いをしている。猫の集会は人間の国会とはまた別の、鬼気迫る緊張感で漲っていた。それは至極当然である。野良猫にとって、些細な問題ですら死活問題なのだから……信長を除いては。
「家康ぅ~! モブ猫が多くて、閻魔様が見えないよぉ~」
信長は、立ち上がって閻魔の姿を探している。家康は、そのまま一点を見つめている。猫たちを透かして閻魔の姿を見ているようだ。どの猫も昼間の細い瞳孔が、薄明かりの中でクリクリとした月のカタチになっていた。
「今夜の議題をご説明します……」
ケイテイの声がすると、辺りは一気に静まり返る。聞こえるのは、虫の音とケイテイの声だけである。閻魔は無言でケイテイの説明に耳を傾け、ケイテイの説明が終わると口を開いた。
「皆の者、ご苦労であった」
地響きとも思われる、閻魔の声が信長の鼓膜を貫いた。
「カッケーなぁ……家康ぅ、カッケーわぁ……」
信長の声に、猫一同が振り向いた。信長は、慌てて前足で口を塞いだ。それを確認すると、猫一同の視線は閻魔に戻った。祠の前に来てからというもの、家康は一言も発していない。流れに身を任す……そんなふうな態度であった。
今夜の議題は、食料問題であった。昨今の不況の影響で、人間の食べ残しが目に見えて減少したのだ。それでも、人に媚びる能力を持つ猫は、その日の食事に困ることはなかった。それが、不公平だと申し出る猫がいたのだ。議題が食料問題だけに、会議はヒートアップの一途をたどる。
「お静かに!」
ケイテイが場を鎮めようとした。だが、
「ケイテイはいいよな。飼い猫だから」
「そうだ、そうだ!」
もはやケイテイの声は届かない。ちょっとした学級崩壊状態の中、業を煮やして声を上げた猫がいた……家康……ではなく、信長だった。
「奪えば足りない。分ければ余る、にゃにごとも」
その場にいた全員が、信長の顔を見たのだが、それが野良猫の地雷を踏み抜いた。
「おめぇ! 見かけねぇ顔だな?」
「こいつ。最近、家康とつるんでる猫だろ?」
「首輪が付いてるぜ、こいつ。この会議に飼い猫は要らねーんだよ」
「帰れ!」
騒然とした雰囲気の中、信長は首を傾げて家康に問う。
「もしかして、こいつらバカか?」
その瞬間、家康と信長の周りを手下たちがぐるりと囲んだ。家康は、何事もないような顔で、口を大きく広げてあくびをした。そして、信長の顔を眺めてこう言った。
「そうだな……こいつらバカだ」
「でも、ヤバい感じだぞ。家康ぅ!」
家康と信長を囲む円が、徐々に狭くなってゆく……。
「さぁ、どうする? 光秀!」
「信長じゃ! こんな時に冗談言うな!」
この瞬間を待っていたとばかりに、家康がニヤリと笑った。
「家康。今、光秀と呼びましたか?」
その声に、ボス猫たちが道を開けた。家康に向かって、閻魔はゆっくりと歩を進めた。閻魔は家康の前で香箱を作った。
「光秀の兄様。お久しぶりです……覚えていますか? チャッピーです」
「光秀に……似てるだろ?」
月に向かって大あくびをする家康の横顔が、月に向かって吠えているように見えた。巨大な閻魔を目の当たりにした信長は、興奮気味にこう言った!
「───俺、生のホワイトタイガー初めてみたぁ!」
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