───今日のお昼は、うどんを食うか? ラーメンか? それとも抜くか?
そんな選択の連続が、日々の営みなのでしょう。その中には経験上、人生のターニングポイントと呼ばれる分岐点も含まれます。柄にもなく、無茶を承知で……僕が小説を書き始めたのも、知人からの連絡があったからです。その真実を知らなければ、僕は何も知らずに淡々と、出口の見えないトンネルの中で、ブログを書いたことでしょう。そして……サヨリ亡き後、このブログは存在意義をなくします。
自然消滅なのも当然の帰結で、そうなるはずの運命でした。人にも猫にも寿命があって、サヨリの年齢から換算すれば、それは遠い未来でもなくて。僕の頭も枯れてきて……何もなければ当初から、その想定はありました。このブログをたたんで、新たに別ジャンルで始めるか? それとも、きれいさっぱり幕引きか?……。そんなことも考えていました。
でもコロナ禍で、僕はライフワークに小説を組み込みました。それほどの衝撃を受けたのです。そうでなければ、ド素人の僕が小説なんて書きません……否、書けません。ついでに言わせてもらうなら、読書をするなどあり得ません(汗)
僕の人生のターニングポイントとなった知人も、僕と同じブロガーです。とはいえ、密に連絡を取り合う仲でもなくて、強いて言うなら、ドカベンの主将同士のような関係です。互いの試合(記事)を眺めて考察することはあるけれど、それを相手に伝えるでもなく、何かあれば手を組むことも辞さないけれど、偶に挨拶を交わす程度。同じ方角を見つめながら、つかずはなれず。それが互いに、いい塩梅の距離なのです。
あの日……彼女が記事を書かなければ、今の僕はありません。何本もの糸が、絡み合い縺れ合い、たゆたいながら、何かの意思に導かれるように……僕は、今の僕になれました。未だにパッとしないのが、とても残念(汗)
サヨリが虹の橋を渡った翌日、彼女からお悔やみのDMが入りました。しばらくしてから、ブログ掲載許可の問い合わせがありました。僕に起きた、一連の出来事を知る人物です。不安も懸念材料もありません。「オッケーですよ」と快く伝えました。以前、僕は彼女に告げたことがあります。「筆を休めてもいいけど、折らないでください」と。頻繁に語らわなくとも、身近に物語を書く人がいるのは、ヘタレな僕には心強いものなのです。
ブログを拝読して思いました。絵本になったらいいのにな───物語というカタチで、僕とサヨリに応援歌をいただきました。きっと、友人も喜ぶでしょう。ありがとうございます。心から、ほっこりしました(笑)
物語を書き続ければ、賛否両論、様々なことが起こります。でもそれは、影響力があるからで、人の心が動いたからです。そして作品に、その力があるからです。それは、とても素晴らしいことですよ。これからも、書き続けてほしいな。僕は、そう思います(笑)
コメント
ほんと、絵本にしたいような物語ですね。あっ、雉虎さん、絵も描いていましたよね? 親戚の子が「見て、見て。もぞかぁ~」と言っていましたよ(笑)
そうですね。どこかの絵師さんが描いてくれたらいいのにな(笑)
イラストは何年も描いてないので、今はすごくへたっぴです(汗)