春じゃが植えよう

ショート・ショート
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 友人が、この世を去って二度目の冬。

 今朝は、この冬一番の冷え込みだった。裏を返せば、これから暖かくなるだろう───だから、春じゃがを植えようじゃないか。すでに畝の土はできている。あとは種芋を植えるだけ。

 種芋を手に持って、畑にしゃがんで作業を始める。じゃがいもの品種は、キタアカリ。やっぱ寒いな、息が白い。畝にスコップを突き立てると、何かの気配を感じた……幼女が僕の隣で座っている。おかっぱ頭が、ちょこん……って、感じだ。背格好なら五歳くらいか?

 見たことないけど、近所の子だろうか? いずれにしても、これはよろしくない状態だ。今のご時世、何を言われるやら分からない。この場を切り抜ける手立てはあるか? 追っ払うわけにもいかねぇ~ぞ。

「じゃがいもですねぇ、春が楽しみですねぇ」

 種芋を指さして、幼女の口が、に~っと開く。楽しげで何よりだ。

「春にたくさん採れるといいね」

 僕は幼女に話を合わす。

「お家に帰らないの?」

「うん、もうちょっと」

 じ~っと、種芋を見つめる幼女。

「植えてみる?」

「いいの?」

「じゃ、一緒に春じゃが植えようか」

「うん!」

 幼女の顔が明るくなった。種芋の数は十数個。幼女のテンポに合わせても、そんなに時間はかからない。それで、満足して帰るだろう。僕は、畝に穴を掘る。種芋を埋めるのが幼女の役目だ。

「最近、調子はどうですか?」

 おままごと気分なのだろうか? 幼女の口調が大人びた。

「そうですね、ボチボチです」

 幼女の戯れに僕は合わせる。

「最近は、あまり見かけませんねぇ。つまんないです」

「まぁ、色々と忙しくてね……」

 なんの話だ? 僕は畝に穴を掘る。

「相棒さんとは、うまくいってる?」

 幼女は穴に種芋を入れて、丁寧に穴を埋めて、埋めた土をポンポンと叩く。

「そうだね、僕が甘えてばっかだ」

「それは、いいことですよ」

 幼女は大きくうなずいた。

「順調ですか?」

「順調だよ」

「元気ですか?」

「元気だよ」

「寂しくないですか?」

「え?」

 幼女の言葉にドキッとする

「寂しくないよ」

「それも、いいことですよ。安心しました」

 幼女は、そう言って種芋を埋める。

「お家に帰らないの?」

「なんかねぇ、もうちょっと」

 幼女から、帰る気配がまったく見えない。どうやら、最後までやる気のようだ。

「よつぼしも元気そうですね」

「お嬢ちゃん、イチゴに詳しいんだね」

「これは、大切なイチゴだから」

 そう、僕にとって大切なイチゴだ。

「春になったら食べにおいで」

「ほんとに? 来てもいいの?」

「喜んで」

 小さな手のひらがグーを作った。そのグーが、よっしゃ! って感じのポーズになった。そのポーズが可愛らしい。

 その仕草に、何故だか僕もうれしくなった。

「ここにトウモロコシ、こっちはスイカ。トマトの連作はダメだから……」

 僕の畑を見渡して、幼女が夏野菜のプランを練っている。きっと、農家の娘さんだ。将来が楽しみだ。では、そろそろお引き取り願おうか。

「これが、最後の一個だよ。終わったら、お家に帰ろうな」

 やんわりと、僕は帰宅を促した。

「うん」

 ゆっくりと丁寧に、幼女が最後の種イモを埋めた。ポン、ポン、ポン。リズムでも取るように、埋めた土を三回叩く。

「たくさん、じゃがいもできるかな?」

「お嬢ちゃんが植えたから、たくさんできると思うよ。じゃ、これでおしまい」

 僕は、そう言って立ち上がる。立ち上がった僕を幼女は見上げた。切なげな目で僕を見ている……困ったねぇ。

「あ、お月さま」

 幼女が空を指さした。なんだか、もしやな気にもなるのだが、そんなことなどあり得ない。友人は、月が好きな人だった。

「そうだね、お月さまだね」

 僕は、幼女の話に合わせるだけだ。

「月がとてもきれいですね」

「え?」

 幼女の笑顔が儚げだ。

「お~い! ひとりで誰と喋ってんの? ついに、ボケたか?」

 知人の言葉で我に返ると、幼女の姿は消えていた。

「ボケてねぇーし」

 春じゃがと一緒に、幼女が心の隙間も埋めたのだろう。知人の言葉に、軽くムッとしたけど、今の気分は晴れやかだ。

 またおいで……月を眺めて呟くと、柔らかい風が頬を撫でた。春はすぐそこ。

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