潮だまりの化け物

雑談
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 小学生時代。僕には、釣りエサを買った記憶がまるでない。

 1970年代。オトンを含めた大人たちは、マムシとか、ゴカイだとか……財力に物を言わせ、釣具屋でエサを買っていたのだが、そんなの海に行けばナンボでも落ちていた。お金を出して、これ買うか? それがとても不思議だった。ちなみにマムシは、毒ヘビではなくて、平べったいミミズのような生き物だ。ゴカイは、青いミミズのような姿をしている。そのどちらの姿も気持ち悪い。

「これ(マムシ)、いくら?」

 それとなく、知ってるオッサンにエサの値段を訊いたことがある。正確な価格は忘れたけれど、そんなの、プラッシーがナンボでも買えるやないか! 幼心に殺意を覚える金額だった。それだけは覚えてる。そして、思う───ゴカイなんて、海で穴を掘れば沢山いるのに……。

 マムシとゴカイの生息ポイントは、当時住んでいた家から三十分ほど先の海岸だった。そこでしか、マムシが捕れない岩場があったのだ。問題があるとすれば、潮の満ち引き。干潮時でなければ、そこへは行けない。つまり、捕獲の時間に制限があった。

 帰るタイミングを逃せば生き地獄だ。次の引き潮まで高台で待つことになる。まぁ、最悪……漁船に手を振ればいいのだけれど、それをやっちゃぁ~おしまいよ。こっ酷く家で叱られる。そちらの地獄の方が僕には辛い。

 時計ですか? 昭和のガキを舐めちゃいけない。時間なんて、お日様の角度で計ればいい。潮の動きは、月のカタチと本能が記憶している。そもそも、ここは昭和だぞ。腕時計なんて、子どもは持っていないのだ。時間はね、空と海と大地が教えてくれる。だから、何ひとつ問題などなかった。

 あの日も、上級生とマムシを掘りに海に行った。そこで出会ったのが、潮だまりの化け物だ。

 柔らかい岩の中にマムシたちが住んでいる。僕らは、その岩を〝マムシ岩〟と呼んでいた。柔らかいとは言っても、岩は岩。スコップ程度じゃ太刀打ちできない。かと言って、小学生に大きなショベルは重くて運べない。

 そんな僕らの秘密道具は、ツノ付き唐鍬とうくわの一択だった。小さな鍬の反対側に鋭いツノが付いている。ツノでマムシ岩を砕いていくと、グロいマムシの姿が見える。岩の中に掘りめぐらされたマムシのトンネル。そこへ逃げ込むマムシを引っ張り出す。10匹も捕まえれば任務終了。さて、釣りに行こう! 家に戻って、釣り道具を持って防波堤……とはならない。

「すげーのめっけた!」

 上級生のひとりが、とんでもないものを発見した。それは、巨大な潮だまりだった。潮だまりとは、岩のくぼみに取り残された海水でできた水たまりである。それが半径2メートルほどもあるのだ。もうこれは、天然のプールと言っても過言じゃない! 残された海水の容量に比例して、取り残された小魚も多い。最初は魚を眺めるけれど、好奇心が水の中へ身を誘う……海の悪魔がいるのなら、きっと、こんなふうに思うだろう───チョロいなと。

 ザーーーーっと逃げるフナムシが作る道。それに沿って、潮だまりに足を踏み入れる。膝小僧の少し下まで、水に浸かるほどの深さがあった。真夏である、海の水がなまぬるい。そのぬるさが、珍しい。小魚を追いかけて、しばし遊ぶと奴がいた。見たこともない、謎の生物。それは、巨大なナマコに見えた。持って帰れば、オカンに褒められるかもしれない。立派なナマコ……じゃねーよ!

 七歳の僕の手の平よりも、大きなブヨブヨにニョキっと飛び出す触覚が二本。色は周辺の岩と酷似している。ボーッとしてたら見逃すところだ。なんだこれは? トゲなのか? 野生で育った僕らの心に、危険アラームが鳴り響く。これは───〝あかんやつ〟なのかもしれないと。もし仮に、ナメクジが放射能でゴジラのように進化したら、こうなるのに決まってる。ゴジラはね、太平洋にいるからね。

 即座に砂浜に戻って棒を探すと───あ、浮きが落ちてる。お宝を見つけてしまう。浮きは貴重な釣り道具である。それを条件反射でポッケに入れて、長い棒を見つけて現場へ戻る。化け物を棒で突くためだ。僕らは好奇心の塊になっていた。だって、そうでしょ? 木曜スペシャルで、小さなUFOを拾った中学生たちがいた。その後も、彼らは何度もテレビに出た。もうね、隣の県なのに全国区。僕らも、有名になれるかも? その心境は、映画「スタンド・バイ・ミー」のメンバーと同じで、今日もサヨリは元気です(笑)

 我先にと、棒の先で化け物を突く。すると、想像を遥かに超えた現象に目を疑う。海水の中で、化け物が紫色の煙幕を張ったのだ。海水に広がる紫色。その不気味さに、恐怖におののく僕がいた。

「これ、毒とか持ってない?」

「帰ろうか?」

「帰ろうや」

 ひとりが走ると、全員が走る。ダッシュで、捕ったマムシと鍬を持って家に戻る。そこからは迅速だ。三十分の道のりなのに、その半分くらいの時間で家に帰って、カブトエビを見てホッとする。あまり信じられない話しだけれど、海でオトンがカブトエビの亡骸を拾ったのを、納屋に干して飾っていたのだ。てか、冷静な目で見れば、こっちの方が化け物だ(汗)

 未だに心臓がバコバコ鳴ってる……。でも、釣りにも行かなきゃ!

 釣り道具を持って防波堤に行くと、すでに上級生たちが、釣人たちに謎の生物の目撃証言をしていた……その正体は〝アメフラシ〟だった。大人は笑うが、僕らには信じられない。針にマムシを付けて、ロケットを海に投げ込む。そして、防波堤に竿をセットする。そして、僕らは小学校へ向かう。夏休み当番の先生に、図書室を開けてもらうためだ。目的は〝海のいきもの図鑑〟に決まってる。あれは凄い、外国の魚だって写真付きで書いてある。

「あ、これこれ!」

 僕らが見た化け物と、図鑑の写真が一致した。そっか、あれはアメフラシ……で、それ食えるの? 図鑑にそれは書いてない。図鑑のページに指を挟んで、職員室に駆け込んだ。そして、先生に質問だ。食えるなら、アメフラシを獲りに戻らないと!

「これ、食べられますか?」

「たぶん、無理。どこで見たの?」

 それは言えない。その代わりに僕は言う。

「なんだー、つまんねぇー」

 先生からの即答に、何もかもがつまらなくなった。食えなければ、意味がない……。図書室の棚に図鑑を戻して堤防へ戻ると、僕らに向かって両手を振るオッサン。

「おーい、引いてる、引いている」

 オッサンの声に大慌てでリールを巻くと、大きなヒラメが釣れていた。左ヒラメに右カレイ。そんなの知らない僕の基準は───デカいのヒラメにチビカレイ。

 だから、これはヒラメだ(笑)

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