石あかりロード

ブログ王スピンオフ
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 喫茶グリムのドア横の壁には、沢山のポスターが貼ってある。

 スポーツ少年団の入会募集とか、猫探しのビラとか、地区の催し物のお知らせだとか……。お盆が近くなると、夏祭りのお知らせで壁一面が賑やかだ。花火大会の写真に、ツクヨの心が踊っていた。

「わたしのオッツー、お休みあるかな?」

ツクヨが乙女の瞳で、俺にプレッシャーをかけてくる。

「どうだろうねぇ……オッツーは警察学校だから、お盆休みはあると思うよ。ツクヨからメールで聞いてみたら?」

 ツクヨにメールを促すと、キリッとした顔でツクヨは答えた。

「妻たるもの、主人の出世のさまたげになってはいけません!」

 そこは、敬礼しながら言うんだな……。ツクヨのぎこちない敬礼が、アイドルがやる一日警察署長のように見えた。なぁ、ツクヨ。お前、いつからオッツーの妻になったんだ? のんとガッツポーズを交わしてからというもの、ツクヨはオッツーの新妻気分だ。そんなの、オトンが知ったら卒倒するぞ。所詮は、小学生のおままごと。そう、割り切っている俺だけれど、幼稚園から小五まで。一途いちずなツクヨに不安が過る。

 たぶん……お前とオッツーは……いや、今は何も言うまい。中学生になれば、ツクヨにだって彼氏ができるだろう。身内の贔屓目ひいきめから見ても、アヤ姉の幼い頃に負けず劣らずツクヨは可愛い。その遺伝子の数パーセントでも、俺にあればといつも思う。神様は不公平だよな……。すると、ツクヨから泣きが入る。

「だからサヨちゃん、お願い! オッツーを誘ってよぉ~」

 我慢できないツクヨに向かって、俺はひらりとスマホを振った。

「オッツーに連絡しとくな。でも、オッツーにだって事情が……」

「はーなーびー、はーなーびー。主人と花火を見に行けまわすわぁ~!」

 人の話は最後まで聞くもんだ。オッツーの返事はまだなのに、確定したかのようにツクヨは小躍りしている。謎のダンスで踊る阿呆(ツクヨ)を眺めていると、ツンツンと誰かが俺の背中をつついた。

「飛川君。のんちゃんのアレ……気づいてる?」

 グリムの奥さんが、のんに向かって指をさす。

「何が……ですか?」

 カウンターの中で食器を洗うのんは、いつもどおりの美しさだ。この先、その容姿で一般人として生きていけるのか? そんな心配をするほどに、のんは今日も輝いている。のんの背中に白い翼を授けたい。彼女に輪っかと翼があればリアル天使の完成だ。

「ほら、また見た。チラチラってね、ポスター見てるのよぉ。最初はね、花火かなって思っていたの。でも、どうやら違うみたい……あれ、石あかりのポスターよね?」

 奥さんまでもが乙女の瞳を輝かせている。どうしても、恋バナ路線で考えたいらしい。それが、若さの秘訣なのだろうけど……。

「石あかりですか?」

 石あかり……正式名称、むれ源平石あかりロード。昔から牟礼むれは石匠の町であり、石のオブジェに電球を施した作品を〝石あかり〟と称している。それらの作品を源平史跡に沿ってライトアップしたのが〝石あかりロード〟の始まりである。

 俺はブログの記事ネタにツクヨと何度も歩いたけれど、石の置物が並んでいるだけだ。でも……どうして、のんは俺に言わないのだろう? もしかして、他の誰かと行くつもり? そんな考えが脳裏に浮かぶ。それだけで、目に見えぬ不安が俺を襲った……。誰よ? その男。そんな未来があるかもしれない。

「ねぇ、誘ってあげなよぉ、飛川ちゃん」

 ひかわ……ちゃん?

「きっとあの子、待ってるのよ。おばさんには分かるの。飛川ちゃんは若いから知らないだろうけど、それが女心というものよ。あんなに小さなツクヨちゃんだって〝妻たるもの、主人の出世の妨げに〟って。いじらしいこと言ってたでしょ? 本当に好きな人にはね……言いたくても、言えないの。それが───乙女なのよっ!」

 そう言って、俺の肩をポンポンと叩く奥さんの隣でマスターが頷いている───このふたりのコンビネーションは、いつだって阿吽あうんだな。

 でも、ホントかよ? そこまで言われても、鵜呑みにできない俺がいた。

「のんちゃ~ん。飛川ちゃんがぁ~、お話があるってぇ~」

 いつの間にやら、俺は飛川ちゃんになっていた。テテテとのんが俺の前に駆け寄ると、グリム夫婦は厨房の中へと姿を消した……てか、顔だけ出してこっちを見ている。

「えっと……」

「はい」

 のんはニコニコしながら俺を見ている……困った。

「うーんと……」

「はい?」

 石あかり行く? その言葉が出てこない。

「のんちゃん。石あかりロード、行く? わたしねぇー、オッツーと行きたいなぁ~。のんちゃん、ポスター。チラ見してたでしょ?」

 俺よりも先にツクヨが訊いた。きっと、のんを巻き込めば、オッツーの参加が濃厚になると思ったのだろう。

「行きたいです! 三縁さんと」

 え?……即答なの? キッパリと言い切った後、のんは顔を真っ赤にしてつむじを見せる。すると、厨房の中が賑やかになった。

「じゃ、お盆前に行く?」

「はい!」

 のんの返事に、俺の方が緊張する。

「ずっと行きたかったんです。だって毎年、ブログの記事に書いてあったから。なんかねぇ~、石あかりの写真がロマンチックだったの。こんな道を三縁さんと歩けたら……」

 そう言いかけて、のんは隠れるように厨房の中に入っていくと、厨房の中の賑わいが増した。さっきまで隣にいた、ツクヨの声まで聞こえてくる。

───高松まつりの花火大会と、お盆前に石あかりに行ける?

 賑やかな厨房を眺めながら、俺はオッツーにメールを飛ばした。花火大会の承諾は得られたが、お盆前は忙しいらしくて石あかりは却下された。

 とはいえ、ツクヨの本丸は花火である。石あかりは、ゆきと忍を誘っていくのだそうだ。忍は当然行くとして、ゆきからも快諾があった。のんとの馴染みが浅いゆきは、のんと仲良くなりたいのだろう。ゆきとは長年の付き合いである。のんに余計なことを言わなきゃいいけど……。

 石あかりロード当日。ツクヨはお昼を済ませると、慌てたように家を出た。女子たちは、カラオケを楽しんでから石あかりに向かうらしい。カラオケの響きに、しょこたんの〝空色デイズ〟が脳裏を過る。空色デイズは、ゆきの十八番で人気アニメのオープニングソングだ。俺たち放課後クラブで〝天元突破グレンラガン〟が流行ってからというもの、ゆきはおっとりとした顔して熱唱するのだ。グレンラガンを俺たちに紹介したのは桜木だった。

 ちなみに、俺と桜木はみんなの歌声を聞くだけだ……桜木は、お盆に帰ってくるのだろうか? キャンプとか海水浴とか……またみんなで遊びに行きたい。

 午後七時。

 俺はひとりで八栗駅の前に立っていた。石あかりのお客さんに紛れて、最初に改札から出てきたのはゆきだった───ブルーのフリフリ、お姫様のコスプレだった。

「ねぇ。サヨちゃん、似合う?」

「そだねぇ~。今日は、目のやり場に困らないねぇ」

 大学に入った途端、ゆきのコスプレが過激さを増しているのだが、露出の少ないお姫様衣装なら安心して見てられる。ゆきの乳は目の毒だ。なぁ、ゆきよ……忍じゃないけど、乳はしまってこそ輝くもんだ。

 次に姿を現したのはツクヨだった。「サヨちゃん、死ぬなよ!」そんな、謎の言葉を残して走り去る。その背中を忍が追う。「お前はもう、死んでいる!」忍の言葉が心臓をえぐる……俺、死んでるの? 10メートルほど先にある自動販売機の前で、ふたりがクルリと振り返る。ツクヨは2号ライダーの変身ポーズ。忍は閉じたチョキを額に当てた。

「ツインテールの仮面ライダーとポニーテールのウルトラセブンか……。フィギアになったら買ってもいいなぁ」

 ボソリと俺がつぶやくと、俺の後ろで声がした。

「ホント、可愛い。そうなれば素敵ですね。お待たせしました、三縁さん」

 あ……死んだ!

 純白の生地に咲くヒマワリの花。振り返ると浴衣姿の天使がいた───のんだった。のんの神々しい姿は、小五コンビの言葉どおりだ。あぁ、そうだ。今にも俺の心臓が弾けそうだ。俺がフリーズしていると、のんが俺に手を伸ばす。抜けるような白い指が、発光しているように俺には見えた。

「さぁ、行きましょう」

 のんは俺の手を握りしめ、俺たちふたりは石あかりの中を歩き始めた。ゆきと小五コンビは自撮りに夢中だ。スマホを掲げて騒いでいる。

「のんは自撮りとかしないの?」

「三縁さんと一緒なら……」

 その夜、俺は家には戻らなかった……。

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