人は問う……。
己とは何か? 命とは何か? 宇宙とは何か? そして……猫とは何か? それに明確な回答を示した者はいるのだろうか? 高名な学者でさえ、今でも難解な問題であろう。すっと家庭に潜り込み、人をしつけ、意のままに人を操る。それに気づかぬまま、人は日常を繰り返す。猫とは永遠の謎なのかもしれない……。
───なんでなん!
我が家に愛猫サヨリが潜入したころ、僕は謎のミミズ腫れに悩まされていた。目覚めると、決まって右腕の肘から手首にかけて10センチほどのミミズ腫れができているのだ。ジンジンして焼けるような痛みで目が覚める。定期的ではないにせよ、数回続くと不安にもなる───病気か? 僕は悪い病気なのか? そんな気にもなる。その原因の糸口すらわからぬ日々が、三ヶ月ほど続いていた。今から十年以上も昔の話だ。
かつて見た景色、ささやかな平穏、未来への希望。それに暗雲が立ち込めたとき、男は立ち上がる。いつもと違う、別の意味で……。
───気を抜くな!
サヨリが来てから三ヶ月が経過したころ。僕は起きる時間を2時間早めた。腕を確認し、異常がなければ狸寝入りをし始めたのだ。それにはひとつの仮説があった。この怪奇現象の犯人は……悪魔か奴しか考えられない……。
当時、サヨリは好き勝手に生きていた。いつの間にやら外出し、いつの間にやら帰宅する。何食わぬ顔で食事を催促し、何食わぬ顔で僕の膝に乗る。ただ、僕はサヨリに心を開いてはいなかった。飼い主でもないのだから、情が移ると後で困る。悲しい思いはしたくない。だから、徹底的に無視に徹した。たまに頭を撫でてやっても、社交辞令というやつだった。
───だが、こいつしか思い当たらない……。
ある朝。狸寝入りをしていると、枕元で動物の気配を感じた。もうこれは、アイツ以外に考えられない。別の何かなら逆に怖い。薄目を開けると尻尾が見えた。キジトラ柄のしっぽが僕の顔を叩いていた。顔面に尻を押し付ける寸前だった。やっぱり……こいつか?
僕の腕にまとわり付いているようで、ぬいぐみと遊んでいる風にも思えた。その瞬間、僕の腕を前足でロックして、サヨリは猫キックをし始めた。当時、猫の爪を切るという発想が家族の誰にもなかった。だから、誰かがサヨリの爪の餌食になっていたのだ。その刃が目の前に。
───痛っ!
腕にカッターで切られたような痛みが走る。腕が熱くなり、ジンジンと痛みが走る。そうか、お前か! お前なんだなっ! 僕の殺意を感じたのだろう……サヨリは僕の顔を見た。縦に細い無機質な瞳に恐怖を感じた。よくよく考えれば、サヨリの白目は緑色である。その目から、何を考えているのか分からないのだか、不自然な色彩と野生の目に全てを察した。
───戦わねば……と。
その指先にある凶器と。僕は戦い……絶望を知った。小さき猫の戦闘レベルの高さを知ったのだ。その夜、サヨリと再戦を交えることになる。爪切りという武器を手に持って……圧勝だった(笑) 今、当たり前のように猫の爪を切る僕だけれど、そうなる切っ掛けはこの事件からである。
これから初めて猫を飼う。そう、お考えの方に警告する───猫の爪は直ちに切るように……さもなければ、とても痛い思いをしますよ(笑)
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