飼い猫信長と野良猫家康(タマタマが……)

ショート・ショート
猫の話
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 まだまだ暑い日が続く……野良猫には厳しい季節だ。

「楽しそうに泳いでるやんか……」

 いつもの海の木陰から、海水浴を楽しむ人々と飼い犬を眺めて、ため息を漏らす家康がいた。今日の食事と暑さしのぎ。それは当然として、もうひとつ。家康には気がかりがあった。お盆を目前に、信長が姿を見せなくなったのだ。鬱陶しく感じていた信長だが、会わずにいると気になるものだ。きっと信長は、クーラーの効いた涼しい部屋で、ご主人様と甲子園やオリンピックを見ているのだろう……この暑さ、当然だ。家康はそう思っていたのだが、信長の身に大問題が起こっていた。

「家康ぅ!」

「久しぶりやな、光秀」

 久々の信長に家康はうれしかった。素直に名前を呼んでやりたい……だがここは、光秀だ。家康は〝お約束〟を重視する。

「信長じゃ! ふぅ……」

 今日の信長は寂しげだった。黄昏れた声でため息を漏らすと、大切な何かを失くしたような表情を見せた。

「どうした、元気ないやん? ため息は不幸になるって言うで」

 あまりの情けない信長の顔に、家康も心配げだ。

「俺、変わった? リニューアルって感じしない?」

 その言葉に、まじまじと信長の顔を見る家康であった。

「別に……なーんも変わっとらんけど? 少し痩せたか?」

 確かに……信長はやつれた感じである。だが、信長の身から放つ生命力は健在である。

「ホントか? 俺、今までと同じか?」

「まぁ、そうだな……」

 もしや、ケイテイにでもフラレたか? 我が娘だから知っている。ケイテイは面食いだ。お前如きを相手にするとも思えんな……。家康はそう思ったが、そこは武士の情である。それには触れぬと心に決めた。

「家康ぅ、俺……終わったんや」

 フラレたくらいで大げさな。家康は心の中でそう思う。

「もう、何もかも……終わったんや」

 信長の愚痴が止まらない。恋の病に効く薬は時間だけ……家康は静かに見守るだけだ。

「気づかんのか? 俺、ご主人様と病院へ行ったんや。ほんで、意識が遠のいて……目が覚めたら大切な何かが無くなってもうた……」

「大切な何かって?」

 それ、タマタマでも取られたか?

「ほら、見てみぃ~や!」

 家康の前で信長は、右足を天高く突き上げた。家康の予感は的中した。

「うっ……」

 信長の股間に家康は察した。それは、飼い猫の宿命だ。言葉を失くした家康に信長は訴える。

「無いんや。探しても、探しても───タマタマが……無い! 向かいのホーム、路地裏の窓。そんなところに」

「あるはずないのに……」

 家康の合いの手に、せきを切ったように信長はニャーニャーと鳴き始めた。泣くではなく、鳴くである。信長の目からは、ひと粒の涙も出ていない。

「大変やったな。でも、それがお前の宿命や。三度のご飯と雨風をしのぐ屋根。そして、夏は涼しく、冬は暖かい。その代償やと思って諦めることやな……」

 そう言うと、家康は大股を開いて自分のタマタマを見せた。見せびらかしたと言うべきか? 家康の立派なタマタマを目の当たりにして、さらに信長は、声を荒げて鳴いていた。今日もやっぱり、二匹の様子を眺めるふたりの少女がいた。

「ねぇ、忍ちゃん。久しぶりに茶トラちゃんが来てね、今日はすごい鳴いてるの」

 茶トラのタマタマ消失に忍は気づいていた。茶トラの首輪に事情を察した。忍の家には、オスのハチワレ猫がいるからだ。ツクヨの問いに忍が答える。

「人間は、勝手や」

 そう言うと、忍は自転車に乗って帰ってしまった。翌日……ツクヨが猫の観察に出掛けると、茶トラ猫にちゅーるを与える忍がいた。

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