これって紙なの？和紙畳から感じたシンギュラリティ

───障子、ふすま、畳…。

むかしは洋風の部屋が良かった。フローリンが最強だった。なのに和室に入るとほっとするのも歳を取った証拠である。畳の上でほっこりしていると、ぽたぽた焼きのおばあちゃんと猫のコマーシャルと自分が重なり合うのも”バナナの種はどこにある？”くらい不思議です。

───細魚さん、なにゆえ畳の上に座ってるの？。

答えは職場に新畳が納品されたから。だってそうでしょう？、畳となんとかは現代の禁句で、すでに身の危険を感じているのだけれど、見たい、行きたい、座りたい。その三大欲求に逆らう選択しなど僕には無かった。野次馬根性丸出しでいの一番に和室へ向かった。若干のクロックアップ、歩く速度も１０歳くらい若くなる。和室に敷かれた新しい畳に座り込んで感じた違和感。

───い草の香りがしない。

手に染土がつかない。新調でそんな事ある？。見る限り昔ながらの畳である。もしかして───ビニール畳の可能性を疑い目をこらして畳を凝視。もうね、半沢直樹くらいの土下座の姿勢で畳の目をチェックした。どう見ても畳である。不自然にい草の芽が均一なのを除いて。

───「これ、高かったでしょう？」

背中でニヤついている上司に問うと、「凄く高額でした」との答え。「染土は拭きましたか？」と問うと、待ってましたとばかりに「それ、和紙で出来ていますから拭く必要などありません（ニヤリ）」───なにそれ、畳のシンギュラリティ（技術的特異点）じゃん。「見積もり金額見せてもらって良いですか？」条件反射で和紙畳の値段が気になった。

───起きて半畳、寝て一畳、天下取っても二合半。

見積もり金額を見て絶句───それ、天下取れまっせ、上司殿！。一般的な畳よりも値段が高い。それでも紙は紙である。耐久性の問題を指摘すると、「普通の畳よりも長持ちするそうですよ」との回答。かぶせ気味だったのがイケ好かなかった。けれど良いこと聞いた気分になった。

───全人類の９割が知らない真実を知った気がした。

さらに、「何かの液体をこぼしてもシミにならないそうですよ」との回答、それは訊いてない。お前、Yahoo!知恵袋か？。心の中で突っ込みを入れたのは言うまでもない。

色、質感、さわり心地…畳である。本物か偽物かと訊かれたら「偽物」と答えるけれど、普通に本物と変わらぬクオリティ。和室に慣れていない若者ならば、赤子の手を捻るように騙せるだろう───ムフフフフ…。やっぱり良いことを聞いた気がした。

ネットで調べてみると和紙畳の製法はい草のそれと同じである。和紙はい草の形状に加工され、極細の長いマカロニ形状の和紙の棒を畳表状に編んでいるのだから構造の上では畳と同じ。

───和紙だもの、色に関しては何でもありだな、七色の畳だって夢じゃない。

ダイケン畳のホームページに提示された和紙畳のメリットは、カビに強く健康に配慮、撥水性が高く傷にも強い、服を汚さなく色あせない。どれもこれも実物を触れば腑に落ちる。特に”傷に強い”が心に刺さる。だってそうでしょう？、今日もサヨリは元気です。

それは、愛猫サヨリの和室生活が可能な事を示唆するのだ。和室と、炬燵と、猫と、ミカンは日本の冬のハッピーセット。買いもしない宝くじで高額当選した暁にはそんな部屋もありかと思う。むしろ全世界が憧れたナスターシャ・キンスキーくらい魅力的。

───記憶しました。

妄想が記憶を強化し話のネタがひとつ増えた。何かの拍子に畳の話題が始まったら、タイミングを計って和紙畳のうんちくを披露しよう。忘れてしまわないうちに、早くその場面に出くわせれば良いのだけれど…。