2025-01

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今日もサヨリは元気です(笑)”034 再会”

034 再会―――空耳じゃない! 愛しい声が聞こえる向こうで、痩せた猫がうずくまっている。額にくっきりMの文字。サヨリと同じキジトラだ。近づくと、猫は俺を見上げて「ア、アっ」 と、鳴いた―――刹那に二十年前の記憶が蘇る。サヨリだ! 俺は、いても立ってもいられない。「抱っこ、しような」 俺が猫を抱き上げると、猫は俺の首の後ろに逃げ込んだ。俺の頬をペタペタ叩く、長い尻尾のその先が、カギのように曲がっている。何もかもが……サヨリだった。「天国で、着替えるのを忘れたかい? お前らしいな……サヨリさん」「ア、アっ」 その鳴き声が、俺には「ただいま」に聞こえた。猫の温もりと、毛触りと、小さな鼓動が首に伝わ...
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今日もサヨリは元気です(笑)”033 転生”

033 転生 生まれてすぐ、ボクは捨てられました。どうやって生きてこれたのかも分かりません。本能のままに仲間を真似て、虫や魚や草を食べました。人間には近づきません。沢山の不幸を見てきたからです。幸せになった仲間もいたけれど、その数は少なくて、やっぱり人間は信用できません。人間は悪魔と同じで、いつも笑顔でやってきます。 夜になると、ボクはお月さまを眺めて過ごします。そうしていると、懐かしい気持ちになるからです。ボクは同じ夢をよく見ます。お月さまへ向かって羽ばたく白い鳥の夢です。そして、ボクは思うのです。───ボクには、なすべきことがあるような……。 ボクが生まれてから二度目の夏。ボクの前にふわふ...
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今日もサヨリは元気です(笑)”032 産神チフユ”

032 産神チフユ 人間が忌み嫌う死神は、どうして千の春と書いて〝チハル〟と呼ばれているのか? 魂を現世へ誘う産神は、どうして千の冬と書いて〝チフユ〟と呼ばれているのか? 死と生とを鑑みれば、逆だと感じる名前です。けれども、現世の外側に身を置けば、自ずと答えは見えてきます。 その証拠に、人も動物も天国を希望します。天国とは苦しみなき世界です。食欲、性欲、物欲、感楽欲、承認欲……苦しみとは、これらの欲が生み出す負の幻想にすぎません。心の中に欲がなければ、どこで暮らしても幸せです。つまり天国とは、すべての欲望から解き放たれた世界なのです。 トビちゃんと、ここで暮らしていたかった……でもボクは欲を選...
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今日もサヨリは元気です(笑)”031 蛍”

031 蛍 もう一度、お父ちゃんと暮らしたい。決断の日、ボクは転生すると決めました。「ボク。転生して、お父ちゃんの所へ行くよ」 トビちゃんは、寂しそうにボクの頭を撫でました。「サヨリさん、無理してない? ここにいても、いいのよ」 トビちゃんが真っ直ぐな目でボクを見ます。ボクは視線を逸らさずに言いました。「うん。でも、決めたことだから」 うんうんとトビちゃんは頷いて、もう一度、ボクの頭をやさしく撫でました。「了解です。わたし、サヨリさんを応援します」 にこりと笑って、トビちゃんが胸のポッケから何かを出しました。「この子も連れていってあげて。サヨリさんの護衛機です」 トビちゃんの手のひらに、ボクが...
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今日もサヨリは元気です(笑)”030 決断”

030 決断 ヨネさんが、小さなため息をつきました。「私はね、便利屋さんが心配なの。あなたと息子が重なるの。余計なお節介なのは承知しているのよ。でも……放っておけないの。これも親心って、いうのかしら」「……いえ」「だって、便利屋さん。笑わないでしょ?」「笑ってますよ、ほら」 お父ちゃんは、ニーっと口を開いてヨネさんに笑って見せました。ヨネさんは首を横に振りました。「そうね……お客さんに向かってはね。でもそれ以外、いつも無表情なのが気になるの……どんなに辛くても、どんなに苦しくても、あなたには未来があるのよ。幸せになる権利があるの───ほら、雪ね。雪の白さは大地を癒す包帯のように見えるわね。あな...
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今日もサヨリは元気です(笑)”029 手紙”

029 手紙 ヨネさんの口から出た『トビちゃん』の響きに、トビちゃんがボクをギュッと抱きしめました。ヨネさんはトビちゃんと同じくらい、お父ちゃんのブログを熟知しているようです。「私はね、毎日ブログを読んできたの。だから、それくらい理解しているわ。あなたがブログに書いている友人。必ず記事にコメントを書いていたトビちゃんね。立ち入ったことを訊いてもいいかしら? トビちゃんとは、お付き合いなさっていたの?」「いいえ。書き手と読み手の関係です。顔を見たこともありません」「それにしたって……トビちゃんだって、あなたの幸せを願っているわ。あなたは、まだまだ若いんだし……便利屋さんなら、ステキな恋だって……...
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今日もサヨリは元気です(笑)”028 告白”

028 告白 お父ちゃんはショックだったのでしょう。お仏壇を見つめて言葉を失くしてしまいました。ヨネさんは、優しい声で真実を語り始めました。「私、便利屋さんに謝らなければいけないの。私……息子が死んでから。便利屋さんのブログを読んでいたのよ。ずっと長い間、私……便利屋さんの隠れファンだったの」「それは、どういう意味ですか?」「私の息子は……ブロガーの遊人は。便利屋さんをライバル視していたからよ。知らなかったでしょ?」 にっこりと、ヨネさんが微笑みました。「ライバル? とんでもないです。彼は僕のブログ仲間です。高卒の僕なんて、有名大学の彼の足元にも及びません……」「そうね。表向きには、そうだった...
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今日もサヨリは元気です(笑)”027 四十八日”

027 四十八日 ボクが死んでから四十八日目。転生か、天国か、それともここに残るのか?……ボクは明日、それを決断しなければなりません。 十蔵の一件で、チョコは転生するって決めたけど。もしも、お父ちゃんに好きな人ができたなら、ボクだってトビちゃんと一緒にはいられません。ボクの悩みは深まるばかりです―――。「今日はヨネさんちで、お庭のお掃除をしているようですね」 お父ちゃんを見つめながら、トビちゃんがいいました。ピューピューと木枯らしが吹いています。あっちの世界は、すっかり冬になりました。 お父ちゃんは白い息を吐きながら、機敏にお庭の枯れ葉を集めています。元気で働くお父ちゃんの姿を見るだけで、ボク...
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今日もサヨリは元気です(笑)”026 求愛”

026 求愛 ボクがここへ来てから四十日目の夕暮れ。湖の水面からお父ちゃんを眺めていると、ちょんちょんと、チョコがボクの背中をつつきます。「どうしたの?」「サヨリ兄さん、折り入っての相談があるっす」 チョコらしくもない深刻な目の色に、ボクたちは夕方の散歩へ出掛けました。チョコは十蔵が住んでいた木の跡にちょこんと座ったので、ボクも隣に座りました。「サヨリ兄さん。自分、転生しようって思うっす。兄さんは、身の振り方を決めたっすか?」「まだ……だけど?」 ボクは、未来を決めかねていました。トビちゃんとお父ちゃんとの狭間で、そう簡単に決められません。ここへ来て、トビちゃんとの暮らしは満足です。ずっと、ト...
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今日もサヨリは元気です(笑)”025 ウエディング”

025 ウエディング ボクがここへ来てから三十五日目の午後。それは幸せに満ちた午後でした。「サヨリ兄さん。サチさんちへ行きましょう!」「うん、そうしよう」 ボクとチョコは、サチさんの所へ遊びに行きました。サチさんのお話が楽しくて。これまでも、ちょこちょこ遊びに行っていたのです。でも、今日のサチさんは忙しそうです。「やっぱり、だめねぇ~……」 サチさんは、おばあさんからお姉さんの姿になっています。湖の水面に身を映しては、とても悩んでいるふうに見えました。制服やドレスや水着……ころころと衣装もチェンジしています。「サヨリ兄さん、サチさんがマブいっす! ガチマブっすね?」「マブい?」「いい女って意味...
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今日もサヨリは元気です(笑)”024 読書家”

024 読書家 トビちゃんの木には、トビちゃんの胸の高さに、小さな扉がひとつあります。その扉は、天国の図書館と繋がっていて、好きな時に、好きな本を貸してくれる扉です。 ボクはお父ちゃんから聞いて知っています。トビちゃんが読書家だってことを。 ボクが寝る前になるとトビちゃんは、お父ちゃんのブログを読み聞かせてくれます。トビちゃんの丸い声が、ボクにはとても心地よくて、あっという間に夢の中へと誘われてしまうのです。「どうして、トビちゃんの木にだけ扉があるの?」「天国の待合所は、何年も待つところだから、みんなの木にも扉はあるわよ。だって、公共のサービスだもの」 この世界でのインフラは、水道や電気やガス...
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今日もサヨリは元気です(笑)”023 青き絶望”

023 青き絶望 ボクがここへ来てから二十二日目の夜。 タロウが守る木の方角で、青色の蛍火が見えました。青い蛍火は、待つ人に忘れ去られたことを意味します。「サヨリ兄さん。タロウちゃん、大丈夫っすか?」 チョコはとても不安げです。でも、猫と同じで犬も蛍火の影響は受けません。「大丈夫だよ、チョコちゃん。蛍火の影響を受けるのは人間だけだから」「そうっすね。安心したっす!」 幻想的に輝く蛍火を、周りの人たちが無言で見つめています。この世界に暮らす人たちにとって、赤き光も青き光も、悲しい光に見えるのです。青き光は人間にとって、絶望の色に見えるのでしょう。トビちゃんも例外ではありません。「お父ちゃんは、そ...
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今日もサヨリは元気です(笑)”022 ハーレム”

022 ハーレム トビちゃん、チョコ。そして、ボク。 十蔵が天国へ召されてから、三人での暮らしが始まりました。チョコは元気そうな素振りだけれど、ちょっとした瞬間に、とても寂しげな目をします。だからできるだけ、ボクはチョコと一緒に過ごします。そんなボクらをトビちゃんは、いつもニコニコ笑顔で愛でてくれます。「サヨリ兄さんは、ハーレムっすね」 え、ハーレムって?「サヨリ兄さんは、ふたりの美女と住んでるっすよ! これをハーレムと言わずして、なんて言うっすか?」 トビちゃんは美女だけど……。「ならば、これでどうっすか?」 チョコが伸ばした前足の先で十数匹ほどの猫たちが、こちらをジッと見つめています。「兄...
レビュー

コメダで初めてモーニング

「八時やて言うたけど、十時半な」───なんですと? バディのヤツ。急にお客さんから言われて、声高らかに「分かりましたっ!」と答えたのだろう。お陰でこっちの予定は丸つぶれ……さて、どうしたものかね、二時間もの空き時間?───あっ! 怒りの先で、その事実に気づいてしまう。コメダ珈琲店でモーニングしたことがない。前向きに捉えれば、このアクシデントは、きっと何かの思し召し。取りあえず、コメダへ向かおう。でもきっと、店内はおじいちゃんでいっぱいだ。 だって、そうでしょ? 僕の記憶が正しければ、朝のコメダの駐車場は、いつ見ても満車である。車種から推測すれば高齢者に違いない。てか、車のお尻に四つ葉やもみじの...
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今日もサヨリは元気です(笑)”021 天国の階段”

021 天国の階段 ここへ来てから十五日目の夜。寂しい事件が起こりました。 十蔵の木の方角から、疾風の如く黒い毛玉が駆けてきます。チョコが血相を変えて、ボクらの所へやってきました。「助けてぇー、サヨリ兄さん! 十蔵ちゃんが、大変なことに!」 十蔵の木に目を向けると、赤い光が集まっています―――蛍火です。その輝きに、トビちゃんはすべてを察しました。「サヨリさん。行きましょう!」「チョコちゃん、戻ろう!」「サヨリ兄さん、大好きっす!」 気が動転しているのでしょう。チョコの言動が壊れています。ボクたちは十蔵の所へと駆けつけました。ボクの予想と違って、イケメンの十蔵は、さっぱりした爽やかな表情です。「...
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今日もサヨリは元気です(笑)”020 タロウ”

020 タロウ「サヨリ兄さん。自分ちょっと、いいっすか? 放っとけないっす」 チョコは一目散に、木の根元へ駆け出しました。白い子犬の姿が見えます。ボクは帰りが気になったけれど、チョコを置いて帰れません。ボクもチョコの後を追いました。「そこのワンちゃん。何か心配事でもあるのかい? ウチはそういうの、放っておけない性分でね。事情を話してごらん。役に立てるかもしれないよ」 チョコの口調は、相手によって変化します。今の口調は、ボクと最初に言葉を交わした時の口調です。「別に……」 素っ気ない返答に、チョコは被せるように言いました。「いいからさ、話してみなよ。ウチは十四まで生きた猫だよ。そして、このお方が...
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今日もサヨリは元気です(笑)”019 サヨ・チョコ探検隊”

019 サヨ・チョコ探検隊 ここへ来てから十日目の早朝。チョコがボクのところへ遊びに来ました。「サヨリ兄さん。自分とデート、いいっすか?」「え? サヨリさんとチョコちゃんって―――短いうちに、そんなことになっていたんですか?」 トビちゃんが、大きな瞳を見開いて、ボクとチョコを交互に見ます。「なってません!」 その場でボクは、完全否定です。「サヨリ兄さん。自分、ずっと気になってることがあるっすよ」「どうしたの?」「広いじゃないっすか? 天国の待合所って。どこまで広いのか? それ、気にならないっすか?」「あ、確かに。でも、十蔵さんのヤマトで飛べばいいじゃない? ボクはトビちゃんの雷電に乗って、あち...
レビュー

新潮文庫 マイブックのレビュー記事

今日もサヨリは元気です(笑)ばかりでは「ブログも書けよ」という話にもなります。今日は中休みを入れて、お正月にちょっぴりご紹介した相棒からの〝マイブック〟のレビューです。 結論から申し上げれば、予想以上に使い勝手がよすぎでした(笑) マイブックは誰の目から見ても本なのに、ページをめくれば真っ白で、右隅に日付と曜日が印刷されているだけなのです。つまり、文庫本の皮を被ったノートです。真っ先に浮かぶ使い道は、日記帳、記録帳、予定帳……などなど。 僕の場合はネタ帳で、その日に調べた事柄や、読書や会話で印象に残った言葉を書いています。ポンカラキンコンカ~ン♪と、スマホへ打ち込めばよいけれど、スマホに残した...
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今日もサヨリは元気です(笑)”018 心の仮面”

018 心の仮面 心ちゃんとお父ちゃんは、お腹を膨らませて店を出ました。心ちゃんは満足げ。お父ちゃんは、絶食で胃が小さくなったのでしょう。ちょっと苦しそうに見えました。でも、その表情は明るかったです。「なんか、悪いな。本来ならば、ここは僕が奢おごるべきなのに。君が料金を払ってくれるなんて、申し訳なく思っている」 心ちゃんは、お父ちゃんにお礼を言いました。お父ちゃんは、手を横に振りました。「いや。ココイチのお食事券が、トビちゃんの手紙の中に入っていたんだ。トビちゃんは、賢い人だったからね。心ちゃんの行動を見抜いていたんじゃないのかな? だって、会計したらいい線ついてたよ、お食事券……あっ!」「ぐ...
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今日もサヨリは元気です(笑)”017 ココイチ”

017 ココイチ お父ちゃんの好物は、サッポロ一番とココイチのカレーです。それが好きすぎて、何度もブログに書いていました。お父ちゃんがココイチのカウンターに座ると、隣に女の人が座りました。「お邪魔するよぉ~、ぐふぅ」 出たな、おっぱい星人!「お主、何故なにゆえここへ?」 予期せぬ心ちゃんの来襲に、お父ちゃんは、腰を上げてドン引きです。「やっぱり来たね。僕はなんでもお見通しなのさ。君はトビちゃんの言うことだけは、ほんと素直に聞くんだね。ヨシ、食べよう。一緒に食べよう! じゃ、何食べる? 僕はハンバーグカレーにしたいと思うのだが?」 心ちゃんは、マイペースです。その不敵な微笑みに、お父ちゃんは気づ...