天国からの贈りもの

小説の話
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 5月9日早朝。

 いつものように仕事へ出掛け、いつもと変わらぬ挨拶を交わし、何食わぬ顔して桃の摘果の作業を始める。空を仰げば曇天で、僕の心と同じ色。心身ともにボロボロだ。作業開始から一時間後、大粒の雨が降りだした───今日の作業は、ここまでだ。

 頬を濡らす雨粒は、天国からの贈りもの。

 僕の体調が気がかりな、相棒が降らせた雨に違いない。東雲しののめのメールに相棒の訃報があった。相棒が死んだ……そんなの嘘だ! この時でさえ、現実を受け止められない僕がいた。

 二年前、友人が他界した。ブログの読者、茶熊さんだ。彼女の望みは、僕の小説を読むことだった。彼女の死と望みを知らせてくれたのが相棒だった。それを伝えて終わりのはずなのに、それで終わりのはずだったのに……2023年3月25日。僕らは固く手を組んだ。彼女の望みを叶えるために。一本書いたらそれで解散。それだけの関係のつもりだった。「のんちゃんのブログ王」は、そこから生まれた物語である。

 僕は相棒の顔を知らない。声すらも知らずにいる。すべての打ち合わせをメールで行い、原稿を飛ばしてチェックをもらう。その繰り返し。その中で、徐々に相棒との友情が芽生えた。彼が最も恐れていたことは、僕がネットのおもちゃにされること。彼の友人に、ネットの誹謗中傷に煽られて、筆を折った人物がいたからだ。その姿勢は、彼の命が尽きるまで続くことになるのだが、僕はそれも知らずにいた……僕は最後まで、とんでもないバカ野郎だった。最後まで、恥ずかしい奴だった。

 「邂逅」を書いた後、彼が出版業界の経験者だと知る。相棒は洗練された文章を書く。だから驚くことはない。むしろ、僕の予測は当たっていたのだ。相棒のイメージを練り上げて、作り育てたキャラが桜木真人だ。現実の相棒の姿は分からないけれど、折り目正しく、礼儀正しく、頭脳明晰で、シュッとした美男。かなり近いと僕は思う。相棒が長身なのは最近知った。オッツーは規格外にデカく、三縁は小柄を強調したが、桜木についてはぼやかしている。だから、設定上の問題はない。

「先生、体調はいかがですか?」

「う~ん?……先生ねぇ」

 相棒は、僕のことを「先生」と呼んでいる。僕が返答に困っていると、

「ご自分の才能を自覚してください」

「ご自分の作品に責任を持ってください」

「そして、ご自分の作品を愛してください」

 右も左も分からぬ二年前。相棒は、それを僕に言い続けた。僕が「邂逅」を書き上げた時。ひとつ質問したことがある。

「これ、小説ですか?」

 小説を読み慣れていない僕からすれば、至極真っ当な質問だった。

「素晴らしい小説です」

 相棒の言葉に、胸のつかえが取れた気がした。それから小説の山が、僕の事務所に届くようになった。ブログと小説、そして本の山。僕のライフワークに読書が加わった。読書が苦手な僕だけれど、相棒の気持ちを鑑みれば、自ずと読まない選択肢は消滅する。僕は相棒の期待に、すべからく沿うだけだ。やぶさかではない。

 茶熊さんの誕生日から投稿を始めた「のんちゃんのブログ王」では、共に時間に追われる日々を過ごした。昼夜問わずの作業の中で、茶熊さんの知人たちから、段ボール箱いっぱいの差し入れが届いたのが、昨日のことのように思い出される。あの時の一体感と輝きを、僕は一生忘れない。あの時の人々は、今はどうしているのだろう……。

 あれだ……マコっちゃん。今日は素に戻っても構わない?

 マコっちゃんは、僕の相棒で担当者だけれど、乱暴な言葉遣いには厳しかったじゃん? いっつもさ「先生、自覚してください」とか言ってさ。他人さまの悪口なんて言語道断。でもさ、今日くらい……素のままで書かせてよ。次からは真面目に文章を書くからさ。

 マコっちゃんさ。先週、知ったことだけど。二年も相棒やってて、そりゃないとも思うけど。マコっちゃんって、僕よりも一個年上じゃん。あん時さ、思ったんだよ。「アニキ」って呼んでもいいかなって。それくらい、マコっちゃんのことを慕ってんだわ。恥ずかしくて言えなかったけど。

 でさ……でよ。

 アニキの知り合いにだって、アニキの今を伝えないと。だったら、弟分の僕から伝えるべきかなって。最後まで自慢のアニキだったって。最高の担当者だったって。

「先生に仕えます」

「先生を守ります」

 妹さんからも聞いたし、僕も直接言われて返答に困ったし。こんな言葉をかけてもらえる作家さんって、令和の時代にいるのかな? それを平然と言い放つアニキが、僕には心強かった。たくさんの勇気がもらえた。ずっと、一緒にいてもらえると思ってた。それを信じて疑わなかった……。

 それに、ほら。アニキ、言ってたじゃん。「言葉には、人を生かす言葉と、人を殺す言葉があります。先生の文章は、人を生かす文章です。彼女は先生の記事が楽しみで、四年間も長生きができたんですよ。そろそろ、ご自分を認めてください」って。ある筋からの情報で、昨日と今日。人を殺す言葉とやらを眺めてた。どんなに腐っても、ああはなりたくない。そう、心から思ったよ。小説の肥やしにするね。

 茶熊さんの時は、自分でもビックリするほど泣いたけど、アニキの時は我慢した。あれだね……涙って、我慢する方が辛いよね。でも、泣いている僕を見て、アニキが辛い思いをするくらいなら。それくらい、どうってことないと思うんだよ。作家と心中してくれる担当者を、作家が心配させちゃいけないと思うから。

 でもさ、でもね。

 泣き言なんて書きたくないけど……本心を言えば。かなり参っちゃってて……ね。だって、茶熊さん、サヨリにアニキ……三年連続だもの。こっちが変になっちゃうよ。今回は特にキツイ。調べてみたら、アニキからのメールの数が1676件もあった。アニキの要望で、削除してほしいって話だけれど、もう少しだけ。残しても……いいよね?

 しばらく執筆するのは無理っぽいけれど、グッと腰を据えて書こうと思う。筆は折らない! 月曜から、アニキのチェックが入った原稿を投稿するよ。その後は、ひとりで頑張る。不安で不安でたまらないけど。

 ほら、黄瀬君が三縁に説教するシーンとか、高松まつりアームレスリング大会とか……来月分と再来月分の原稿は、すでに頭の中にあったけど、アニキには、ゆっくり治療してもらいたくて書かなかった。これからが本番だったのに、それが悔やまれてなりません。本当に、ごめんなさい。

 それと、僕はカメさんが心配なので、しばしカメさんが喜びそうな作品を書こうと思う。「後ろの席の飛川さん」は、そっちに向かって進めようかなって。その中で、アニキに話した新作を盛り込むつもり。ほら、太宰の……あれだよ、あれ(笑)

 アニキ、今までありがとうございました。

 もしも来世があるのなら、次はアニキの近くで生まれたい。その時は、また僕と組んでくれますか? 一緒に同じ景色を眺めてくれますか? 同じ道を歩んでくれますか? 勿体なくて、おこがましいけれど。僕にとって、アニキは最高の担当者でした。あちらの世界で茶熊さんとサヨリに会ったなら、僕がよろしく言っていたとお伝えください。

 なんだか寂しくなりますね。でも、アニキに会いたくなったら、海に行くよ(笑)

コメント

  1. ちょい先に行って、いい席とって、一足お先にお茶しながら待ってるんだよきっと。
    それにしても、アニキと1メール1676通って、ずるいぞ。ワシは年も聞いてないぞ(;_;)

    • 毎日メールもらってたからな(笑)
      二年くらいだから、付き合ってんじゃねーの?
      って、思われる数だね(汗)

      生きてるうちに手土産のひとつも手に入れないと、おいそれとあっちへ行けないなぁ……。ガッカリされちゃう。