アケミの説教

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 土曜日の夜、俺はゆきの部屋にいた。勿論、ふたりきりである。写真週刊誌が喜びそうな状況だけれど、フタを開ければ修羅場だった……。

「ア……アケミ?」

 大きなテレビに映し出されたアケミの顔。ゆきはこのために、俺を呼び出したというワケか……。とはいえ……だ。アケミの重い表情が、これから始まるお説教を予感させた。ねぇ、アケミさん。オイラ、何か……しでかしましたっけ? 俺の挙動だって怪しくもなる。

「サヨちゃん、おひさ。単刀直入に訊くわね」

 訊かないで……。

「アンタさぁ。のんちゃんと、どうなってるワケ? ゆきちゃんから話は聞いてるけど、バカなの? 何やってんの?」

 そのことか……。

「アケミの言ってる意味が、俺には理解できぬのだが?」

 取りあえず……とぼけよう。アケミの口が止まらない。

「あのねぇ、サヨちゃん。のんちゃんと、私……話したことないけどさ。あの子、あんな田舎までアンタを追っかけてきたんでしょ? 今どき、そんな子なんていないわよ。アンタだって、彼女に小説まで書いたのよ。だったら、付き合うのが普通じゃないの? なによ、セルフうどんデートって? もっとマシなところへ連れていってあげなさいよ」

 その言い分はご尤もである。それについて、反論する気はないのだが……。

「なぁ、アケミ。讃岐でさ、うどん屋以外でデートする場所ってあると思うか? 屋島へ行って、こんびらさんの階段登って、銭形見て帰ってこいと? せいぜいそんなところだろ? 華やかな都会とは違うんだわ。ここには、海と山しかねぇーんだよ」

「レオマがあるじゃない!」

 もう、そこはいい。てか、のんはセルフの他に行きたい場所があるのだろうか? そういえば……あの島が……。〝あのねぇ、行ってみたい島があるの。三縁さんの住む町から近い所に……〟のんと過ごしたクリスマスの記憶が蘇る。

「ねぇ、そんなことよりも、もっと大切ことがあるでしょ? サヨちゃん、ちゃんと告った? 手、握った? チューした? もう、やっちゃった?」

 どいつもこいつも同じ質問ばかりだな? もしかして、それ……流行ってんの?

 眉間にシワを寄せるアケミに、俺は正直に答えた。

「それは……まだ……でした」

 アケミのシワが深くなる。

「バカ、バカ、バカ。明日は日曜日だから、のんちゃんをデートに誘ってあげなよ。そこで告ればミッション終了。簡単なことでしょ?」

 それができれば苦労はしない。

 俺の中には不安があった。のんは、俺のブログが好きだと言う。俺の文章が好きだとも。だが、俺を好きだとは言っていない。つまり、これはこれ。それはそれ。そう言われる可能性が残されている。いずれ、のんに俺の気持ちを伝えるつもりだが、今じゃない。

「なぁ、アケミ。のんとは、そんなんじゃないんだわ」

「どういう意味よ?」

 アケミの語尾が強い。画面に映る顔が、言葉を交わすごとに大きくなる……近い。

「のんは異性よりも先に、俺にとっての恩人なんだ。ネットの海で俺を見つけて、ここまで俺を引き上げてくれた。今は、俺の背中を押してくれる。可能なら───ずっと、彼女と仲良くしたい……たとえそれが、友だちの関係だったとしても……」

 俺の言葉にアケミの顔がドアップになった。

「だったら、さっさと告りなさいよ。自分の気持ちを伝えなさいよ、飛川三縁! イライラすんのよ。たぶんあの子、ずっと待ってる。あの子は、そういうタイプなの! 覚えてる? サヨちゃん」

「なんのことだ?」

「卒業式の書き込みよ。きっとあの時から、アンタのことを想っていたのよ」

 アケミの言葉に、ポンとゆきが俺の肩を叩いた。

「そのとおり!」

 アケミが諭すように、俺に言う。

「ねぇ、サヨちゃん。女の子はね、そういうものなのよ。グイグイ行っちゃう、肉食系女子っているけど、本当に好きな人にはグイグイなんて行けないの」

 男だってそうだよ……。ふたりの言い分は理解した。俺は紅茶を一口飲んで、アケミに言う。

「アケミ、取りあえずカメラから下がって。顔が……近い」

「あ、それもそうね」

 アケミの顔が小さくなるのを確認すると、俺はふたりに感謝の気持ちを伝えた。

「アケミとゆき。お前らの気持ちには感謝してるよ。とても有り難いことだとも思っている」

「まぁ……そうね」

 アケミの剣幕も収まったようだ。アケミのトーンが少し下がった。俺はふたりに本心を語った。

「みんな知ってるとおり───俺、新人賞に応募してるじゃん。のんに書いた小説で、俺は勝負をかけている。のんの夢は、俺の文章が多くの人に認めてもらうこと。ならば、俺は新人賞を勝ち取りたい。小説家の切符を手にして、のんに自分の気持ちを伝えたい……なぁ、アケミ。それじゃ……ダメか?」

 俺の問いに、アケミの表情が柔らかくなった。ゆきが俺の背中をパンパン叩く。

「小説家の切符、小説家の切符、わたしの幼なじみが小説家……うふ。アケミちゃん! ステキねぇ」

 ゆきに妙なスイッチが入ったようだ。満面の笑みを浮かべて、俺とアケミを交互に見ている。もしかして、ブロガー魂が再燃した?

「私はね、サヨちゃんの友だちだから、大切な友だちを好きになってくれた、あの子のことも大切にしたいの。だから、あの子の肩を持った。もう、何も言わないわ。サヨちゃんの気持ちは分かった。あの子のことを、大切に思っているのも理解した───応援してるわ。頑張って!」

 アケミが親指を立てて、俺に向かってグーポーズを取った。パンパンと、俺の背中を叩きながらゆきも言う。

「そうね。サヨちゃんも、大人の男の子になったのね」

 なぁ、ゆきさん。大人の男の子って、なんだよ? ゆきは、謎のワクワクが止まらないようだ。そして、ゆきは宣言した。

「わたしね、やっぱ、何かを書こうと思うの。アケミちゃんや、サヨちゃんみたいに。ふたりの会話で、なんだかグッと来ちゃったから」

 ゆきは、両手でガッツポーズだ。

「まぁ……いいんじゃない」

 アケミが言う。

「……だな」

 俺もアケミに同意した。

 俺とアケミは知っている。継続という名の生き地獄を。アケミが同人界隈で知名度を上げたのも、のんが俺を見つけたのも、それはとても幸運で、百戦の中の一勝にすぎないことを。これから始まる、孤独なゆきの壁打ちテニス。それが何処まで続くやら……「何かを書こう♡」そう言って張り切るゆきを、俺とアケミは見守っていた……てか、おい! アケミ! 俺の脳裏に仮説が浮かぶ。

「おい、アケミ。お前、あっちで好きな人───できたろ?」

 今日のアケミの言動に、俺はスッキリしない何かを感じた。きっとあっちで、王子様とやらを見つけたな?

「何がよ? そんなワケないでしょ。好きな人なんて……いるわけないし……」

 みるみるアケミの頬が赤くなる。それを俺たちは見逃さない。

「いるの? うふっ♡」

 ゆき姫、ナイスアシスト。

「実はさぁ……」

 俺たちの長き夜は、第二ラウンドに突入した。

 ゆきの部屋の天窓に、大きな月が顔を出す。のんも同じ月を見ているのだろうか?

「アケミちゃん、その人、イケメン?」

「だから、ゆきちゃん。そんなんじゃなくって……」

 アケミとゆきとの恋バナを聞きながら、俺はのんにメールを飛ばした。

───俺と一緒に釣りに行かない? シロクマの前で、のんが言ってた島に案内するよ。

 メールを飛ばした三分後、のんから返信が飛んできた。

───ほんとに、ほんとに? わたし、うれしい(笑)

 俺たちの夏が始まる。

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