ショート・ショート

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吾輩だって猫だった

人は神様の自分勝手な気まぐれを〝奇跡〟と呼ぶ。 もしも生まれ変わりがあるのなら、猫でよろ……。死に際に老人はそう願い、その長き人生を終えた。かつて、この老人と暮らした猫がいた。息を引き取るその日まで、自由奔放に暮らした愛猫に、老人は憧れを抱いたのだろう。その猫の微笑むような死に顔は、水色の夏空のように清々すがすがしかった。「そうなれば、いいですね。へへへへへ」 老人を迎えに来た死神は、そう言って笑った。「お主の行き先はここじゃ」 そう言って産神うぶがみは、新たな未来の扉を開いた。老人は産神の声に従って、扉の中へ身を投じた。扉の向こうは暗闇のトンネルのようで、遠い先に光が見えた。老人は、光に向か...
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真夏の恋(001霊能者の孫娘)

───あぁ~ん! ヤレない女と付き合う意味なんて……あんの? デート中に彼氏が言った。それってさ。今、アンタが言うセリフかね? ムカついたから、その場でぶん殴って別れてやった。その後で、メアドも電話番号も全消去。これで、人生初のデートが幕を閉じた。アホらし……。でも私は十七歳。まだまだ人生、これから、これから! ネクスト、ネクスト。楽しく生きよう! どっかに、いい男はいないかねぇ……。 彼氏を殴った帰り道。石ころ蹴り蹴り、田んぼのあぜ道、家路を辿たどる。私の理想は背の高い男。これは引けない。そんでもって、足が長くて、小顔で、爽やかで、優しくて。笑顔がキラキラしていてからのぉ~……お金持ち。私の...
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飼い猫信長と野良猫家康(いつものアレ)

「今日も暑いなぁ~家康いえやすぅ!」 いつもの海の木陰で釣り人を眺めている家康に、信長のぶながが声をかけた。「そんなに外出して、ご主人様に怒られないのか? 信長! 今朝だって午前様だったろ?」 昨晩、閻魔えんまの背中で眠りこけた信長である。睡眠不足の家康とは裏腹に、絶好調な面持ちの信長に、家康は思う。このバカに聞くんじゃなかった……と。「ご主人様はお優しい人なのじゃ。てか、信長じゃ! あれ、いつものアレは?」「アレとは、なんじゃ?」 肩透かしを食らった信長は、急に不安な顔を見せた。「なぁ、光秀みつひでは? ミ・ツ・ヒ・デ!」「お前への光秀の呼び名はな、閻魔様に譲ったんじゃ。だからこれからワシは...
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明晰夢(アタエ)

日曜日から月曜日に日付が替わる直前で、今夜は寝ないと心に決めた。金閣寺に興奮して眠れないのだ。書きたい、書きたい、書きたい……腕がうずいて眠れない。机の上に原稿用紙の束を置き、その横に新聞広告に書いたメモを添えた。もう、舞台は整った。さぁ、書こう。パン、パン、パン。気合を入れて頬を叩く。すると、俺の脳裏に不安がよぎった。アタエ……俺に小説が書けるだろうか? お前が満足するような小説を……。 一度目の人生で、俺を陰で支えたアタエはいない。俺の最高の理解者だった。アタエとの二人三脚に慣れ切った俺が、ひとりで小説を書けるのか? だが、今の俺にはアタエがいない。腹を括くくって、芥川あくたがわの万年筆…...
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明晰夢(三島)

日曜日の図書室で古文書に目を通すサクラギは、古代の謎でも解くかのように、背筋を伸ばしてパイプ椅子に座っている。彼が放つ眼光が、俺には武術の達人のように見えた。その一方で、芥川あくたがわは受付デスクに足を乗せ、俺に足の裏を向けている。緊張と弛緩しかん。相反する読書スタイルを横目に、俺は裏が白紙の新聞広告の束を長机の上に置き、その上にBOXYのシャーペンを乗せた───いざ、金閣寺! 俺の準備は整った。 早朝六時を過ぎれば、剣道部、卓球部、バドミントン部、バレー部……体育館も部活の生徒で賑わい始め、グランドからの声出しの響きと相まって、図書室も平日さながらとなるのだが、俺の耳には何も届かなかった。こ...
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明晰夢(美男子)

早朝五時五十五分……。 日曜日だというのに、運動部員たちが所狭しとグランドの中を駆けている。野球部の金属バットが奏でる快音。サッカー部員たちの踊るようなドリブル。正確にゴールに向かってシュートを決めるバスケ部員。チーターの如く全力疾走するスプリンター。そして、先輩にエールを送るテニス部員の黄色い声援。その光景に、青春の息吹を俺は感じた。一度目の人生……俺は、あの中の一員だった。「お早いですね、キューブさん。おはようございます」 体育館の前。運動部の練習を見つめる俺に、サクラギが声をかけた。サクラギは、見た目どおりの几帳面な性格なのだろう。腕時計を確認すると、時計の針は縦に直線を描いていた。「サ...
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明晰夢(金閣寺)

俺の勧誘と生徒会長の口添えもあり、俺たちは読書部としての活動を開始した。とはいえ、俺は本を読むだけなのである。足立と山田は〝スーパーカー消しゴム落とし大会〟に夢中になっている。 スーパーカー消しゴム落とし大会とは、自分の消しゴムをノック式ボールペンで弾いて相手の消しゴムにぶつける。それを繰り返し、自車が机から落ちる。もしくはひっくり返れば負けという遊びである。負けた側のスーパーカー消しゴムは、勝った側のモノとなる。これは遊びではなく賭けであった。アツくなるのも無理はない。だがしかし、賭博対象として、このゲームは学校側から禁止される。 今のうちに遊んどけ……。俺は金閣寺が眠る本棚に向かった。サク...
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明晰夢(芥川)

放課後。 図書室で〝金閣寺〟を探していると、誰かが俺の背中をドスンと叩いた。呼吸を荒げたゴジラのような剣幕で、美藤が顔を近づける。この女……わけ分からん。「キューブぅ~! なんで勝手に教室を出たのよ! 探したでしょ? 約束したでしょ? 読書部を作ろうって! やる気がないなら返しなさいよ、イチゴ牛乳! ホント、これだから───男は信用できないつーの!」 お前、令和ならハラスメントな発言だぜ? 初夏の風吹く学び舎で、白昼夢でも見たのだろう。こりゃ、一足早い中二病だな……部員になると承諾した覚えはないのだが?「オッケーした記憶はないし、イチゴ牛乳も返せない。俺がいつ、そんな約束した?」 俺の言葉が導...
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明晰夢(読書部)

一夜にして……という言葉がある。それが今朝の俺だった。教室に入った途端、俺に向けられた熱視線に歩みが止まる。ミュージシャンでもなく、アイドルでもなく、漫才師でもなく……言うなれば、ユリ・ゲラー(超能力者)でも見るような、好奇心たっぷりの眼差しだ───おい、そこの委員長。どうして俺に向かってルービック・キューブを振っている? 俺の隣のピンク眼鏡が、してやったりの顔をする。お前か? お前なんだな? 俺と本屋で別れた後。塾で六面揃ったルービック・キューブをひけらかしたか? 六面完成……俺の中学では、初の快挙。じっくりと一晩寝かせた噂に、尾びれ背びれがくっ付いて、登校中に広まった……と、いうことか? ...
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明晰夢(勇者の覚醒)

───しまった! 本屋で手にした金閣寺(三島由紀夫)。レジ前で、それを買えない俺がいた。財布に十円玉が十枚しか入っていない……もう、最悪だ。レジ前で、頭を垂れた俺の右肩を誰かが叩く。若き体は感度良好! 首が右に向かって反応すると、ホッペに誰かの指が食い込んだ……痛い! その指が、ホッペの中でグイグイ動く───マジ、痛てぇ!「こんな手に引っかかるなんて……まだまだ子どもね、ルービック師匠」 クスクスと笑いながら、美藤夏夜びとうかよが俺の後ろに立っている。「そうそう。これを貸してあげようかと思って、戻ってきちゃった。その代わり、ルービック・キューブのやり方、教えてね」 手提げバッグに手を突っ込むと...
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明晰夢(ルービック師匠)

三度の人生を経験した女。キタゾエが俺に手を差し伸べる。その手には、日本の未来を変える道があった。しかし、俺にはやるべきことがある。ひとりの女の死を看取りたい。だから俺は、キタゾエが差し伸べた手をためらった。「どうしたんだい? ウチじゃ不服かい?」 キタゾエが不満げに言う。「そうじゃないんだ……そうじゃなくって……」 キタゾエの考えには賛同している。令和から昭和へ戻れば、誰もが賛同するだろう。若き肉体は無敵で、それを操る脳は無限の可能性を秘めている。でも、俺にはそれができなかった。「悪いな……キタゾエ。俺、どうしても会いたい人がいるんだ。その人の命が尽きるまで、その人の側にいたいんだわ。だから、...
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八月十三日

今年のお盆休みもいつも通り、八月十四日から十六日までの三日間だ。うちの会社は、お役人さんや大手企業とは事情が違う。働き方改革の恩恵を受けるのは、ルールを作った彼らだけ。庶民はね、そんなにお休みなんてもらえないよぉ~。十三日のお盆の入りですら休めない。まったくね、考えるだけでイライラしちゃう。 わたしの家は母子家庭だ。離婚じゃなくて別居だった。お父ちゃんの住んでいるアパートは知っている。暇を見つけて、お父ちゃんの様子を見に行くけど、その度にお母ちゃんは不機嫌になる。でも、世界にひとりだけのお父ちゃんだから、できることはしてあげたいの。ご飯くらい……作ってあげてもいいじゃない。 一日の仕事を終え家...
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明晰夢(東京都知事)

───東京都知事だって? キタゾエは確かにそう言った。だがそれは、決して容易な道ではない。たとえ、未来を知っているとしても……茨の道だ。一度目の人生で、彼女に何があったのか? 俺はそこが気になり始めた。「お前の一度目に何があった?」 当然の質問だ。「アンタにだって、分かってんだろ? この先、どんな未来がやってくるのか。ウチは思ったんよ……どんなに足掻いたところで、ロクな未来なんてありゃしない。だったら、ウチが変えるしかないじゃないか!」 なんか、お前……男前だな? その考えには一理ある。少なくともバブル以降、日本の名声は落ちぶれた。私利私欲にまみれた政治屋と拝金主義の民衆が、こぞって幅を利かせ...
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明晰夢(四度目)

───リピーター? それは、人生のリピーターという意味なのか? キタゾエ……お前、もしかして……。人生を繰り返す、ひとりぼっちの無理ゲーを、共に歩む仲間がお前か?「どういう意味だ? そんな怖い顔すんなよ、キタゾエ。俺がクレイマーじゃないのは確かだが……」 もしかして……その思考が働くけれど、そのとおりだとは限らない。今は黙るが吉である。キタゾエの問いに、俺は惚とぼけた。「隠さなくても大丈夫よ」 そう言うと、キタゾエはタバコの煙で輪っかを作った。上手いもんだな……大きく広がりながら浮かぶ輪っかを、俺はぼんやり見つめていた。「何歳から戻った? ウチは還暦になる少し前だった……最初はね。めでたく今は...
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明晰夢(リピーター)

「今日の帰りどうする? 本屋に寄る?」 教室の掃除当番をしながら、足立あだちが俺に声をかけた。いつでもチャンバラ遊びができるよう、足立は箒ほうきを持っている。俺たちは学校帰りに本屋に寄ったり、駄菓子屋に寄ったり、スーパーの屋上に寄ったりと、真っすぐ帰宅しなかった。だって毎日、新たな発見があるからだ。いつだって、新たな発見がそこにはあった。「今日は、用事があっから帰るわ」 あのキタゾエに呼び出しを食らった俺である。それなのに、俺はキタゾエのことをあまり知らない。そこへ足立を連れてはいけない。もしかしたら……上級生に囲まれて、ボコられる可能性だって否めない。リンチなど、俺の中学で珍しいことじゃない...
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明晰夢(昭和)

二度目の人生、最初の朝。 俺は自転車の前で絶句した。そうだった、そうだった。この自転車は……確かに俺のだ。「かーっ! これで学校に行けってか?」 六段変速の黒いボディ。ダブルヘッドライト、テールランプ、ブレーキランプ、方向指示機まで完全装備。そう言えば聞こえもいい。だがこれは、スーパーカー自転車(ジュニア自転車)なのである。隣に佇たたずむ弟の自転車は、ランボルギーニ・カウンタックをイメージしたタイプ。ボタンを押すと隠れたライトがギュイーンと上がるタイプである。「記憶からは薄くなったが、これはもう……デコデコのデコチャリだな」 これでも中身は還暦かんれき前。このデコチャリで中学へ行くか? しばら...
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明晰夢(序)

あの頃に戻れたら…… これが還暦ブルーというものか? 六十歳を前にして過去の記憶が蘇る。大人の記憶は曖昧で、幼い記憶は鮮明だ。認知症になると自分を若く思い込む。それが理解できる年になった。受け入れたというべきか……。 人生を振り返る夜。それは、誰にでもあるのだろう。あの頃に戻れたら……いや、もう人間なんて一度で十分。俺は人生を諦めていた。後は年老いて死ぬだけだ。 そんな俺にも、ひと目会いたい人がいた。数年前、彼女は先に旅立った。だから、あっちで会おうと心に決めた。言えずに終わった言葉があった。 とはいえ、俺の健康ばかり気遣った女である。何よりも、俺の長寿を願った女である。おいそれと死ぬこともで...
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琥珀と涼子の恋バナ

お好み焼き屋のカウンター席で、私は緑川涼子みどりかわりょうこと談笑をしていた。涼子は同じ大学に通う親友だ。唐突に、涼子は私に質問を投げた。「なんで琥珀こはくは、アイツなの?」 それは、涼子からの剛速球のストレートだった。「何が?」 一瞬、私は答えに困った。アイツとは、同じ大学に通う赤城純主あかぎよしゆきのことである。「どうして琥珀が、あのバカなんだろう……って、思ってね。バカと言ったのには悪意はないのよ。でも、バカでしょ? 赤城君」 アイツをバカと呼べるのは、私の専売特許なんですけどぉ……その気持ちを私は抑えた。大きな会社のご令嬢が、あのプライドの塊が、庶民の恋愛事情に興味を示したのだ。それだ...
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九十分間の奇跡

彼の顔は青ざめていた。 本日投稿予定のショート・ショート。その準備が整わない。ブログ公開時間まで、九十分を切っている。なのに一行も書けていない。てか、書くことすら決めていないふうに見える。ザ・ピンチ! 絶体絶命とはこのことである。「やるっきゃねぇーんだよ」 そう呟くと、彼はキーボードに指を乗せた。画面を睨むこと三分経過。画面は三分前と同じまま。一文字も打ち込まれていない。空白すらも何もない。 わたしは彼を見守るだけ。わたしには、それしかできない。わたしは一年前から、これと同じ光景を何度も見守った。彼の毎日は、時間とのチキンラン。それが彼のライフスタイルになっていた。それでも彼は、間一髪で切り抜...
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偽りの読書感想文

───彼女の気持ちを知るために、僕は、目を塞ぎ、耳を塞ぎ、口を塞いだ。彼女の名は、ヘレン・ケラー……。 夏休みの読書感想文。それが、僕のトラウマだ。 小学四年の春、新学期。島の小学校に新しい教師が赴任した。若い女の先生だった。新しい先生に、僕らは興味津々だったけれど、行動も、言動も、授業も……彼女のすべてがギクシャクしていた。 島の子どもはコミュニュケーション能力に欠ける。意見があっても言葉にできない。考えがあっても文書にできない。つまり……上手く反論できない。それは、どうしようもないことだ。何をするにも高圧的でヒステリック。僕らに手を上げることが何度もあった。彼女の器が小さすぎたのだ。 彼女...