太宰と、三島と、猫耳と。

ブログ王スピンオフ
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 うどんに並ぶ列の中、ツクヨはゆいから目を離さない。オッツーを取られてなるものか! そんな眼差しで睨んでいる。無論、その気がゆいにはないのだが、ゆいから漂うお姉さんの魅力が、ツクヨの危機感を煽っていた。

「あれをやるわよ!」

 ツクヨの心境を察したアケミが、俺とオッツーに提案する。アケミは、ツクヨの意識を別のところへ向けようとしたのだ。俺たちはアケミの案に乗っかった。

「じゃ、アケミ。俺たちの注文はいつもので頼むわ。ゲンちゃんにも、あれをやると伝えておいてな。オッツー、行こう───合体だ!」

「了解!」

 俺たちは、列を阿吽の呼吸で離脱すると、ゆきが懐かしげに手を振った。俺たちの会話が理解できない、のんとゆいは蚊帳の外だ。

「あれって、なんですか?」

 のんはアケミにこっそり訊いた。

「決まってるでしょ? 合体よ! 高校時代によくやってたの───合体!」

 高校時代と同じ笑顔で、アケミが俺たちに向かって指をさす。ネイルの先からビームが飛び出しそうな勢いがあった。

「合体……ですか?」

「そう、テーブルの合体」

 広い店内にはカウンター席の他に、四人がけテーブルが10台ほど並んでいる。今日のメンバーは総勢八名。つまり、二台のテーブルを合体させれば、全員がひとつのテーブルを囲めるというわけだ。空いた席を素早く見つけ、手慣れた手つきで場をつくる。ほら、そこの席でも、別の新たな合体が行われている。10台のテーブルが合体と分離を繰り返す。これもゲンちゃんうどんの醍醐味である。

 動かしたテーブルを元に戻すという条件で、その行為は常連の間で許容されていた。そして、それを〝合体〟と呼び始めたのは、放課後クラブの俺たちだった。桜木が俺たちの間で流行らせた、アニメのグレンラガンが元ネタであるのは言うまでもない。この場に桜木の姿がないのが残念だ。

 にしても……ツクヨと忍の眼光が、ゆいの監視を緩めない。あれだけの美人である。ツクヨにとって、初の強敵現るといった感じなのだろう。オッツーも大変だな……。

───尾辻正義おつじまさよし君……ですよね? とても会いたかったです。

 とはいえ、俺もゆいの言動が気になっていた。初対面で、それはない……それを考えている間に、トレイにうどんを乗せてアケミたちがやってきた。初めてのセルフうどんに、ゆいの顔がほころんでいる。ゆいは年齢よりも大人びて見える。服装とメイクがそうさせるのだろう。けれど、今の表情は少女のそれであった。

「じゃ、サヨちゃんとのんちゃんはここ。ツクヨちゃんとオッツーはここ。ゆきちゃんと忍ちゃんはここ。ゆいちゃんと私は、のんちゃんとサヨちゃんの前ね」

 テキパキとアケミがその場を仕切った。オッツーとゆいの間をアケミがガッチリとガードしている。ツクヨは俺とオッツーの間である。つまり、何があってもフォロー可能なシフトが組まれた。いつだって、アケミは抜け目なき女であった。

 さぁ、皆の衆。本場のうどんを食べようではないか!……とはならなかった。

「じゃ、最終合体ね! ゆきちゃん」

 今日一番の笑顔でアケミが言う。アケミの隣で、ゆきがバッグに腕を突っ込んでいる。未来の猫型ロボットがポッケからひみつ道具を探すように……その姿に、俺は嫌な予感がした。もし、サイコパスが微笑んだなら、きっと、こんな表情を見せるのだろう……実に悪い笑顔に見えた。

「じゃーん! 可愛いでしょ」

 ゆきがうさぎの耳のカチューシャを自分の頭に装着した。LEDの電飾がクリスマスツリーのようだ……ってか、制服にうさぎの耳がよく似合う。つまり……そういうこと? 俺はのんの顔を凝視した。サンタのようにバッグから、ゆきは猫耳を取り出して、忍とアケミの頭にそれをつけた。そこは忍のことである───「なんやお前!」そう言って、きっと抵抗するのだろう。俺の予想に反して、忍は満更でもない顔をしている。てか、突然の猫耳に興奮したのは、他でもなくツクヨであった。

「わたしもー、耳、耳ー!!!」

 ツクヨが俺の隣でぴょんぴょん跳ねている。ゆきはゆいとツクヨの頭に猫耳をつけ、のんにもその瞬間がやってきた───神様! 俺は、このために生きてきました! ありがとうございます。そんな気になるほど、猫耳天使が可愛らしい……へへへ。

「わたし、可愛い? ねぇ、可愛い?」

 俺の横で、ツクヨがオッツーに猛アピールをしている。女子の右手にはスマホがあった。可愛い、可愛いと言いながら、互いに写真を撮り合っている。オッツーは、ツクヨのカメラマンに徹していた。ツクヨとオッツーに刺激を受けたのか? 恥ずかしそうに、のんが俺におねだりをした。

「よかったら……これを」

 俺はブロガーの撮影知識を総動員して、のんの猫耳姿をスマホに収めた。スマホで写真を撮るだけなのに、俺は幸せに酔いしれた。

 突如として、セルフうどんに舞い降りた、五人の猫耳娘にお客の注目が集まった。てか……先輩、後輩、ご近所さん。馴染の顔がよく目立つ。それは少し恥ずかしい……。

「お前ら。卒業しても、変わらねぇな? 特にお前は!」

 ゆきと桜木のクラスの担任がそう言って、ゆきの頭をポンと叩いた。この教師、後にツクヨの担任となる男である。先生の言葉に、ゆきはペロリと舌を出した。そして、またバックの中に手を入れた……とても嫌な予感がした。

───恥の多い生涯を送って来ました……。

 人間失格の一文が、俺の脳裏に浮かんで消えた。それは、オッツーだとて同じであろう。俺とオッツーの頭の上で、ウィーン───ウィーンと猫耳が動いている。

「これ、凄いのよ! 脳波で動く猫耳だから。どうしたの? ふたりともイカ耳ね」

「ふっ……」

 ゆきのレクチャーに忍が笑った。忍が笑うなんて滅多にない。それが、俺の心を余計にえぐった。そこまで俺ら……オモロいの? 俺が何かを考える度に、猫耳が頭の上で動いている。考えるな、考えるな、考えるな……。俺は無想転生むそうてんせいを試みて……そして失敗した。あられもない姿の俺とオッツーに、容赦なくスマホレンズが向けられている。なんかもう───恥ずかしくて死にそうだ……やめてけれ。俺はガクリとうなだれた。そんな俺の背中をさする優しい手があった───のんだった。

「三縁さん。わたし……よかったら……写真撮ってもいいですか? 三縁さんの写真を待ち受けにしたいの……だめですか?」

 はにかんだ天使の微笑びしょうに、生きようと俺は思った……。

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