000 ネームプレートの都市伝説
卒業式の日。ネームプレートを交換したカップルは、将来必ず結ばれる───
登校初日。小耳に挟んだ情報では、ネームプレートの争奪戦が、今年も盛大に繰り広げられたらしい。ふふふ……ぬるいな。実にぬるい。机上に彫られた謎の窪み。ボクはそれを見つめてほくそ笑む。
だって、そうだろ? 友だちいない歴、十三年目のボクである。この学校の誰よりも、現実の辛さを知っている。小学時代は給食だった。だから便所飯の経験こそないけれど、イジメの辛さは体験済みだ。それに、不登校……引きこもりの日々だって。
引きこもり生活で出会った文豪たち。三島も太宰も、苦悩ばかりの小説じゃないか。太宰の名には「辛い」の文字まで含まれている。人生なんて、そんなものだ。だから、人は人を愛せない。それがボクの結論だ。
だが、クラスの諸君。安心したまえ。お花畑に呪われた都市伝説は、PTAからの圧力によって、めでたく廃止の予定である。田舎とはいえ、物騒な世の中だもの。胸に個人情報を晒して歩くだなんてあり得ない。ネームプレートの廃止は、ボクにとっての『魂の解放』……その言葉が相応しい。
中学生活初日。ボクは、ホームルームに期待に胸を膨らませたのだけれど……。
「では、みなさんにネームプレートプレートを配りま~す。出席番号一番、青木君───」
な、なんだと?
せ……先生、話が違いますよ!
ネームプレートを受け取るクラスメイトを尻目に、ボクの『魂の解放』が束縛された。入学したばかりで、卒業式が憂鬱になった。卒業式に他人の幸せなんて見たくもない! てか、どいつもこいつも、うれしそうな顔をして、黄色いネームプレートを見つめている。
───キュッ、キュッ、キュッ。
後ろの席の女子が、スクラッチカードを削る勢いで、ネームプレートを磨き始めた……そこの君、そんなにネームプレートがうれしいか? 後ろの席から、カタカタカタ……背中に伝わる振動がウザい。まるで、呪いの儀式のようだ。それ、やめてくれ……お願いだ。
「ネームプレートの漢字が違っていたら、この場で先生に知らせてくださいね。それと、みなさん。机の右上に窪みがありますよね?」
クラスメイトの視線が、一斉に机の右上に移動する。気になっていた窪みの謎が、今まさに解き明かされようとしている。
「ネームプレートを、机の窪みにはめ込んでから帰宅してくださいね。校内にいる時だけ、胸にネームプレートをつけるように。誰かにとられる心配はありませんよ。この教室は、防犯カメラが二十四時間監視中です」
防犯カメラのパワーワードに、背中の振動がピタリと止まった。クラスメイトが本能的に、教室を見渡しカメラを探す。黒板の左隅とロッカーの右隅の二か所に、防犯カメラのレンズが見えた。どうやら死角はないようだ。その万全のセキュリティが、ボクには座敷牢のように思えた。たぶん校内には、無数の防犯カメラがあるはずだ。つまり、下手な行動などできやしない。確実ではないにせよ、ボクがイジメられる可能性が薄くなる。この学校を選んでよかった。ボクは心からそう思った。
安堵の気持ちで、ボクはネームプレートに刻まれた文字を見る。『黄瀬』……間違いない。好奇心から机の窪みにネームプレートをはめ込むと、ネームプレートがぴたりとはまった……気持ちいい。職人さん、いい仕事してますね。匠の技に感動していると
「はーい、注目ぅ」
───パンパンパン。
ボクらの注目を集めるように、先生が手を叩く。
「それでは、自己紹介を始めましょう。氏名と抱負と将来の夢を発表してくださいね」
人前で喋るだけでも、心が深く沈んでゆくのに……あまつさえ、ボクに夢まで語れとは。カタカタカタ……再び背中に伝わる振動が、興奮したように激しさを増す。ガタガタガタ……背中に感じる圧が強い───何かが起きる。そんな気がした。
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