───ゴールデンウィーク前日。
放課後の体育館裏で、ボクは三人の男子生徒に囲まれていた。辺りを見渡し、ボクは監視カメラを探すのだが……ない!
「ようやく会えたね、黄瀬君。監視カメラがないのが残念だ。さぁ、お兄さんたちと遊ぼうよ」
三年生を意味する青いネームプレートに、忌まわしき過去の記憶が蘇る。
───林
小五の二学期。ボクを登校拒否にまで追い込んだ、クラスメイトと同じ苗字に背筋が凍る。
「三年一組の林です。小学校で弟がお世話になったようで、兄としてはお礼をしないと……でしょ?」
目の前で、不敵な笑みを浮かべる男こそ、ボクをいじめたクラスメイトの兄である。しかも一組、頭もキレる。
体育館裏の倉庫は、不要な教材置き場になっている。つまり、学級委員である限り、避けては通れぬ場所なのだ。
きっと手ぐすね引いて、ボクを待っていたのに違いない。最悪だ……。
「じゃ、ジャンプしてみようか?」
林の兄は、イジメの手口も弟とは異質であった。たとえるなら知能犯───決して、自分の手を汚さぬラスボスタイプ。
実行犯はこいつらか? ふたりの取り巻きがニヤニヤしている。三人を相手に逃げるのは難しい。
「黄瀬君さぁ、ジャンプできないのぉ。ねぇ、ジャンプ。少年だったら、ジャンプでしょ? お願いしますよぉ、一年生」
このデブっちょは、生徒会役員会の席で見たことがある。名前は〝安部〟。
「面倒だから、財布出しなよ。みんなで一緒にご飯を食べに行こうよ!」
こっちのガリガリは〝溝渕〟───全員の名前を、ボクはこの目に焼き付ける。
もう、あの頃のボクじゃない。ボクは生まれ変わったのだ。絶対に、何をされても引き下がらない。力の限りぶち当たるだけだ。
「い、嫌……です」
ボクは顔を伏せて抵抗する。怖い、怖い、怖い……膝が震える。ジャッ、ジャッ、ジャッ───ボクに近づく靴音が、さながら死神の足音のようだ。
「ちょーっと、待ったぁ!」
キンキンとした甲高い声。その聞き慣れた声に顔を上げると、パーカー姿の飛川さん。どすこいって感じで、両手を横に広げて叫んでいる。
その隣で両手を広げる広瀬さんは、しなやかな指の先まで、バレリーナのようである。同じポーズなのにこの差はなんだ? いやいや、それを考えている場合じゃない。
にしても、都合のよい登場だ。
ピンクのパーカーを羽織った飛川さんは、小さなピコピコハンマーを握っている。広瀬さんは、赤いパーカーがお似合いだ。広瀬さんには赤が映える。
「おやおや、元気でちゅねぇ~。どうしたんでちゅかぁ? ピンクのおチビちゃんは、小学生かな? ピコピコハンマーで、お兄ちゃんたちを、やっつけるのかな?」
林が、ニヤリとほくそ笑む。
「でも、赤の子は美人やで」
デブっちょ安部が、広瀬さんの美貌に目をつけた。
「チッ!」
すかさず、飛川さんの舌つづみ。忍より、自分の容姿が上だと言わんばかりに、ギュンと、平らな胸を張って見せるが、あまり効果はなさそうだ。
「せやな、赤の子はいい。赤の子は。ピコピコのチビは邪魔じゃ、どっか行け」
広瀬さんの体を値踏みでもするかのように、ガリガリ溝渕の視線がナメめ回す。
「イジメは絶対に許さない」
それに負けじと、飛川さんが啖呵を切った。
「ほう……じゃぁ、どうするでちゅかぁ~? おチビちゃん」
林の挑発が引き金となって、怒りが頂点に達した飛川さん。
「やるよ、忍!」
「そ」
ふたりがパーカーのチャックを下ろすと、大きなベルトが現れた。
飛川さんのベルトには、大きな風車がひとつだけ。広瀬さんのベルトには、小さな風車がふたつある……。ベルトのデザインから察すれば、広瀬さんの方が戦闘力が高そうだ。
───そっか、そっか。そういうことか!
毎日、毎日。雨の日も風の日も、釣り道具に加えて、ベルトとパーカーまで標準装備。となれば……そりゃ、大きなリュックやキャリーバッグが必要になるわけだ。
腰のベルトを目にした瞬間、にわかに三人が後ずさる。何かを話し始めて、緊急会議の様相だ。
「あれ……もしかして、ベルトの少女か?」
林が言う。
「ベルトの少女ったら、入学式の日に、生徒会から一斉通達されたあれか?」
デブっちょ安部が青ざめる。
「キレイな子だけ、いただこうぜ」
ガリガリ溝渕は、広瀬さんを諦めない。
「忍、変身するよ!」
「そ」
ギュィィーーーーン!
飛広コンビの腰から爆音が発せられた───え? 変身するのは、飛川さんだけじゃなかったの?
都合よく突風が吹き荒れ、いい感じで地面のホコリを巻き上げる。目にホコリが入ったボクは、条件反射で目を閉じた。
瞼を開くと、何ひとつ変わっていない! 飛広コンビは、目を閉じる前とまったく同じ姿である。これで変身したと言えるのか? ヒーローっぽいポーズをキメてはいるけど、冷静に見れば怪しいだけだ。
「ライダー二号から改名し、ライダー新一号、参上!」
「ブイ・スリー、見参!」
決め台詞の分だけ、ふたりの態度がデカくなったが……どう見てもハッタリだ。
三年男子を相手に、体格の差は歴然だ。即座に敗北を予感するボクである。勝てる要素がまるでない。けど、今なら逃げられる。ふたりだけでも逃がさねば!
「ふたりとも、逃げてください! ここは、ボクひとりで食い止めます!」
「「嫌じゃ!」」
ボクの提案は促却下。
「こ、こいつら……絶対にヤバいって! 下手すりゃ、生徒会が動くぞ」
さっきと違って、林の態度が弱腰だ。何がどうした、生徒会?
「黄瀬君だっけ? 悪かったな」
真っ先に白旗を振ったのは、デブっちょ安部だった。生徒会役員だからだろうか?
「生徒会相手に戦争はできんな……今日のところは、引き上げだ」
ガリガリ溝渕も追従する。
「こんなの相手にしてたら、命が幾つあっても足りやしない。黄瀬君も、ベルトの少女には気を付けたまえ。生徒会が敵に回ると厄介だぞ」
林からの警告に、ボクの思考が追いつかない。ボクがもたついているうちに、三人は姿をくらました。生徒会とベルトの少女、残ったのは謎だけだ。
「危機は去った。変身を解くよ、忍」
「ぬ」
飛広コンビの小芝居が続いている。う~ん……そういうのは、どうだろう? このふたりは、ボクの友だちではあるけれど、変身しない変態だった。
「きいちゃん、怪我はない?」
「お陰様で」
「そ」
我が校に、スクールカーストが存在するのは事実である。成績が優劣を決定づける、明確なルールが働いているのだ。
その中でも、成績優秀な生徒のみで構成された生徒会には、絶対的な権力があった。生徒会の発言は、教師よりも権威が強い。
ただ、生徒会が一般生徒に危害を与えることは皆無である。彼らが動くのは、校風を乱す者、明光の名を汚す者。その者らに制裁を加える時のみである。決して、一般生徒に害を与えることはない。
その生徒会からの通達となれば、誰もが従わざるを得ないのだけれど、生徒会が〝ベルトの少女〟を守る理由が説明できない。
この一連の出来事は、ボクの理解を超えている。それは、飛川さんとて同じであった。
「これ、おかしいね」
釈然としない、飛川さん。
「桜木君ね。サヨちゃんとオッツーには無理。バカだから」
広瀬さん。それは言葉の暴力だ。
「そうね、そのとおり。桜木君しかあり得ない。そう思うでしょ? きいちゃんも」
ボクに意見を仰ぐ飛川さん。桜木君とは誰でしょう?
ピコっ、ピコっ、ピコっ───ピコピコハンマーを三回鳴らして、飛川さんがスマホを開く。桜木君とやらに連絡をしているようだ───
「なんでだおぉ、電話に出ない」
飛川さんがイラついている。桜木君、お願いだから、出てあげて……。
「出たわ」
広瀬さんには、ワンコールで出る桜木君。
「どういうことぉ~! 忍ぅ」
「さ?」
現実を受け入れられず、口を尖らせる飛川さん。それに対して、小首を傾げる広瀬さん。その横顔が美しい。
桜木君も、美少女には弱いと見える……飛川さん、お気の毒。
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