後ろの席の飛川さん〝012 体育館裏の正義の味方〟

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───ゴールデンウィーク前日。

 放課後の体育館裏で、ボクは三人の男子生徒に囲まれていた。辺りを見渡し、ボクは監視カメラを探すのだが……ない!

「ようやく会えたね、黄瀬君。監視カメラがないのが残念だ。さぁ、お兄さんたちと遊ぼうよ」

 三年生を意味する青いネームプレートに、忌まわしき過去の記憶が蘇る。

───林

 小五の二学期。ボクを登校拒否にまで追い込んだ、クラスメイトと同じ苗字に背筋が凍る。

「三年一組の林です。小学校で弟がお世話になったようで、兄としてはお礼をしないと……でしょ?」

 目の前で、不敵な笑みを浮かべる男こそ、ボクをいじめたクラスメイトの兄である。しかも一組、頭もキレる。

 体育館裏の倉庫は、不要な教材置き場になっている。つまり、学級委員である限り、避けては通れぬ場所なのだ。

 きっと手ぐすね引いて、ボクを待っていたのに違いない。最悪だ……。

「じゃ、ジャンプしてみようか?」

 林の兄は、イジメの手口も弟とは異質であった。たとえるなら知能犯───決して、自分の手を汚さぬラスボスタイプ。

 実行犯はこいつらか? ふたりの取り巻きがニヤニヤしている。三人を相手に逃げるのは難しい。

「黄瀬君さぁ、ジャンプできないのぉ。ねぇ、ジャンプ。少年だったら、ジャンプでしょ? お願いしますよぉ、一年生」

 このデブっちょは、生徒会役員会の席で見たことがある。名前は〝安部〟。

「面倒だから、財布出しなよ。みんなで一緒にご飯を食べに行こうよ!」

 こっちのガリガリは〝溝渕〟───全員の名前を、ボクはこの目に焼き付ける。

 もう、あの頃のボクじゃない。ボクは生まれ変わったのだ。絶対に、何をされても引き下がらない。力の限りぶち当たるだけだ。

「い、嫌……です」

 ボクは顔を伏せて抵抗する。怖い、怖い、怖い……膝が震える。ジャッ、ジャッ、ジャッ───ボクに近づく靴音が、さながら死神の足音のようだ。

「ちょーっと、待ったぁ!」

 キンキンとした甲高い声。その聞き慣れた声に顔を上げると、パーカー姿の飛川さん。どすこいって感じで、両手を横に広げて叫んでいる。

 その隣で両手を広げる広瀬さんは、しなやかな指の先まで、バレリーナのようである。同じポーズなのにこの差はなんだ? いやいや、それを考えている場合じゃない。

にしても、都合のよい登場だ。

 ピンクのパーカーを羽織った飛川さんは、小さなピコピコハンマーを握っている。広瀬さんは、赤いパーカーがお似合いだ。広瀬さんには赤が映える。

「おやおや、元気でちゅねぇ~。どうしたんでちゅかぁ? ピンクのおチビちゃんは、小学生かな? ピコピコハンマーで、お兄ちゃんたちを、やっつけるのかな?」

 林が、ニヤリとほくそ笑む。

「でも、赤の子は美人やで」

 デブっちょ安部が、広瀬さんの美貌に目をつけた。

「チッ!」

 すかさず、飛川さんの舌つづみ。忍より、自分の容姿が上だと言わんばかりに、ギュンと、平らな胸を張って見せるが、あまり効果はなさそうだ。

「せやな、赤の子はいい。赤の子は。ピコピコのチビは邪魔じゃ、どっか行け」

 広瀬さんの体を値踏みでもするかのように、ガリガリ溝渕の視線がナメめ回す。

「イジメは絶対に許さない」

 それに負けじと、飛川さんが啖呵を切った。

「ほう……じゃぁ、どうするでちゅかぁ~? おチビちゃん」

 林の挑発が引き金となって、怒りが頂点に達した飛川さん。

「やるよ、忍!」

「そ」

 ふたりがパーカーのチャックを下ろすと、大きなベルトが現れた。

 飛川さんのベルトには、大きな風車がひとつだけ。広瀬さんのベルトには、小さな風車がふたつある……。ベルトのデザインから察すれば、広瀬さんの方が戦闘力が高そうだ。

───そっか、そっか。そういうことか!

 毎日、毎日。雨の日も風の日も、釣り道具に加えて、ベルトとパーカーまで標準装備。となれば……そりゃ、大きなリュックやキャリーバッグが必要になるわけだ。

 腰のベルトを目にした瞬間、にわかに三人が後ずさる。何かを話し始めて、緊急会議の様相だ。

「あれ……もしかして、ベルトの少女か?」

 林が言う。

「ベルトの少女ったら、入学式の日に、生徒会から一斉通達されたあれか?」

 デブっちょ安部が青ざめる。

「キレイな子だけ、いただこうぜ」

 ガリガリ溝渕は、広瀬さんを諦めない。

「忍、変身するよ!」

「そ」

 ギュィィーーーーン!

 飛広コンビの腰から爆音が発せられた───え? 変身するのは、飛川さんだけじゃなかったの?

 都合よく突風が吹き荒れ、いい感じで地面のホコリを巻き上げる。目にホコリが入ったボクは、条件反射で目を閉じた。

 瞼を開くと、何ひとつ変わっていない! 飛広コンビは、目を閉じる前とまったく同じ姿である。これで変身したと言えるのか?  ヒーローっぽいポーズをキメてはいるけど、冷静に見れば怪しいだけだ。

「ライダー二号から改名し、ライダー新一号、参上!」

「ブイ・スリー、見参!」

 決め台詞の分だけ、ふたりの態度がデカくなったが……どう見てもハッタリだ。

 三年男子を相手に、体格の差は歴然だ。即座に敗北を予感するボクである。勝てる要素がまるでない。けど、今なら逃げられる。ふたりだけでも逃がさねば!

「ふたりとも、逃げてください! ここは、ボクひとりで食い止めます!」

「「嫌じゃ!」」

 ボクの提案は促却下。

「こ、こいつら……絶対にヤバいって! 下手すりゃ、生徒会が動くぞ」

 さっきと違って、林の態度が弱腰だ。何がどうした、生徒会?

「黄瀬君だっけ? 悪かったな」

 真っ先に白旗を振ったのは、デブっちょ安部だった。生徒会役員だからだろうか?

「生徒会相手に戦争はできんな……今日のところは、引き上げだ」

 ガリガリ溝渕も追従する。

「こんなの相手にしてたら、命が幾つあっても足りやしない。黄瀬君も、ベルトの少女には気を付けたまえ。生徒会が敵に回ると厄介だぞ」

 林からの警告に、ボクの思考が追いつかない。ボクがもたついているうちに、三人は姿をくらました。生徒会とベルトの少女、残ったのは謎だけだ。

「危機は去った。変身を解くよ、忍」

「ぬ」

 飛広コンビの小芝居が続いている。う~ん……そういうのは、どうだろう? このふたりは、ボクの友だちではあるけれど、変身しない変態だった。

「きいちゃん、怪我はない?」

「お陰様で」

「そ」

 我が校に、スクールカーストが存在するのは事実である。成績が優劣を決定づける、明確なルールが働いているのだ。

 その中でも、成績優秀な生徒のみで構成された生徒会には、絶対的な権力があった。生徒会の発言は、教師よりも権威が強い。

 ただ、生徒会が一般生徒に危害を与えることは皆無である。彼らが動くのは、校風を乱す者、明光の名を汚す者。その者らに制裁を加える時のみである。決して、一般生徒に害を与えることはない。

その生徒会からの通達となれば、誰もが従わざるを得ないのだけれど、生徒会が〝ベルトの少女〟を守る理由が説明できない。

 この一連の出来事は、ボクの理解を超えている。それは、飛川さんとて同じであった。

「これ、おかしいね」

 釈然としない、飛川さん。

「桜木君ね。サヨちゃんとオッツーには無理。バカだから」

 広瀬さん。それは言葉の暴力だ。

「そうね、そのとおり。桜木君しかあり得ない。そう思うでしょ? きいちゃんも」

 ボクに意見を仰ぐ飛川さん。桜木君とは誰でしょう?

 ピコっ、ピコっ、ピコっ───ピコピコハンマーを三回鳴らして、飛川さんがスマホを開く。桜木君とやらに連絡をしているようだ───

「なんでだおぉ、電話に出ない」

 飛川さんがイラついている。桜木君、お願いだから、出てあげて……。

「出たわ」

 広瀬さんには、ワンコールで出る桜木君。

「どういうことぉ~! 忍ぅ」

「さ?」

 現実を受け入れられず、口を尖らせる飛川さん。それに対して、小首を傾げる広瀬さん。その横顔が美しい。

 桜木君も、美少女には弱いと見える……飛川さん、お気の毒。

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