ボクの同情心などつゆ知らず、声を荒げる飛川さん。
「忍、代わって!」
広瀬さんから手際よくスマホを奪うと、飛川さんはテレビ通話に切り替えた。ボクにも会話が丸聞こえだけれど、気にも留めずに話を始める。
「ちょっと、桜木君でしょ? 余計なことをしてくれたのは?」
甲高い声で、怒りをスマホにぶつけている。
「なんのお話でしょうか?」
こっそりスマホを覗くと、そこには眼鏡をかけた男性が……飛川先生と同じくらいか? どう見ても……ボクが桜木君と呼べる年齢ではない。
「ベルトの少女」
ぽつりと呟く広瀬さん。
「あぁ、その件ですかぁ。春休みのうちに、T大の新入生を調査して、手を打ちましたが、何か問題でも?」
桜木さんが、新卒OBを使ったと?……明光高校生徒会からのお達しならば、中学は絶対服従するしかあり得ない。てか、桜木さんは、天下のT大生なのですか?
「どうして、余計なことをするのかなぁ~!」
飛川さんは、おかんむりだ。
「ツクヨさん、忍さん。貴女がたの強さは存じています。貴女たちほどの実力があれば、たとえ相手が男子高生だとしても、倒すことは容易いでしょう」
「だったら?」
広瀬さんが訊く。
「おふたりとも───いつまで、小学生気分なんですか? 僕は立派なレディだと認識していますけれども?」
桜木さんは、クイっと眼鏡を押し上げた。
「どういうこと?」
飛川さんの言動に、桜木さんの眼差しがカミソリのように鋭くなった。ゾッとするような冷たい視線に、ボクの背中が凍りつく。
「小学生同士の喧嘩でしたら、僕も黙って見守ります。でも、中学生ともなれば話は別です。相手の手段が、腕力だけとも限りません。明光生徒なら尚更です」
「でも、負けない」
広瀬さんが反論すると
「女の子の大切な顔に傷でもついたら、いったい、どうするおつもりですか! そんなことにでもなったなら、飛川さんと尾辻さんに、僕は合わせる顔がないんです!」
桜木さんが励声を放つ。
「……」
広瀬さんは言葉を失い、いつも強気の飛川さんが涙ぐむ……ボクは、呆然と見ているだけだ。
「おふたりとも、いいですか? 正義とは、喧嘩に勝つことではありません。相手を傷つけることでもありません。貴女たちの〝合気の技〟は、そんなことに使う技でもありません。強さを履き違えるのも、いいかげんにおよしなさい。ツクヨさん! 飛川さんと尾辻さんが、悲しむだけです。忍さんも、彼らとの格の違いを自覚しなさい!」
ボクは、飛広コンビの自信の根拠を初めて知った。叱られた子犬のように目を伏せて、沈黙に徹する飛広コンビ。
「いいですね?」
ふっと、桜木さんの声が穏やかになった。
「「ごめんなさい……」」
飛広コンビが、首をくすめて謝っている。慌てて、ボクは割って入る。
「申しわけありません。すべて、ボクが悪いんです。ボクが絡まれたのを、ふたりが助けてくれたんです。だから……」
「もしかして、黄瀬君……ですか?」
画面の向こうで、桜木さんが微笑んでいる。
ずっと年下のボクにさえ、折り目正しく、規律正しく、礼儀正しい。桜木さんの声は穏やかだ。
「はい、黄瀬学公と申します」
「初めまして、桜木真人です。お噂は、ツクヨさんから聞き及んでいます。ご入学おめでとうございます」
聡明叡知のイケメンが、爽やかに微笑んだ。
「あ……ありがとうございます」
「おひとりで受験勉強、頑張りましたね。もう、飛川さんとは会いましたか? 彼は僕の親友です」
桜木さんが、飛川先生の親友……
「はい。先日、飛川先生に手料理をご馳走になりました」
「そうですか。彼の料理はおいしいですからねぇ~。それは何より」
目を細める桜木さん。それにホッとしたのだろう、飛広コンビの顔もほころんだ。
「ツクヨさん、忍さん。変身ベルトの出番は、最後の最後───ですよ」
桜木さんが、念を押す。
「「はい!」」
こんなに素直な飛広コンビを、ボクはこれまで見たことがなかった。きっと校内に、桜木さんのスパイが潜んでいるはずだ。これで飛広コンビは、迂闊なマネができなくなった。無鉄砲なふたりを止める、桜木さんの策略は完璧だ。
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