後ろの席の飛川さん〝013 女の子の顔に傷がついたら大変です〟

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 ボクの同情心などつゆ知らず、声を荒げる飛川ひかわさん。

「忍、代わって!」

 広瀬さんから手際よくスマホを奪うと、飛川さんはテレビ通話に切り替えた。ボクにも会話が丸聞こえだけれど、気にも留めずに話を始める。

「ちょっと、桜木君でしょ? 余計なことをしてくれたのは?」

 甲高い声で、怒りをスマホにぶつけている。

「なんのお話でしょうか?」

 こっそりスマホを覗くと、そこには眼鏡をかけた男性が……飛川先生と同じくらいか? どう見ても……ボクが桜木君と呼べる年齢ではない。

「ベルトの少女」

 ぽつりとつぶやく広瀬さん。

「あぁ、その件ですかぁ。春休みのうちに、T大の新入生を調査して、手を打ちましたが、何か問題でも?」

 桜木さんが、新卒OBを使ったと?……明光めいこう高校生徒会からのお達しならば、中学は絶対服従するしかあり得ない。てか、桜木さんは、天下のT大生なのですか?

「どうして、余計なことをするのかなぁ~!」

 飛川さんは、おかんむりだ。

「ツクヨさん、忍さん。貴女あなたがたの強さは存じています。貴女たちほどの実力があれば、たとえ相手が男子高生だとしても、倒すことは容易たやすいでしょう」

「だったら?」

 広瀬さんが訊く。

「おふたりとも───いつまで、小学生気分なんですか? 僕は立派なレディだと認識していますけれども?」

 桜木さんは、クイっと眼鏡を押し上げた。

「どういうこと?」

 飛川さんの言動に、桜木さんの眼差しがカミソリのように鋭くなった。ゾッとするような冷たい視線に、ボクの背中が凍りつく。

「小学生同士の喧嘩でしたら、僕も黙って見守ります。でも、中学生ともなれば話は別です。相手の手段が、腕力だけとも限りません。明光生徒なら尚更です」

「でも、負けない」

 広瀬さんが反論すると

「女の子の大切な顔に傷でもついたら、いったい、どうするおつもりですか! そんなことにでもなったなら、飛川さんと尾辻さんに、僕は合わせる顔がないんです!」

 桜木さんが励声れいせいを放つ。

「……」

 広瀬さんは言葉を失い、いつも強気の飛川さんが涙ぐむ……ボクは、呆然と見ているだけだ。

「おふたりとも、いいですか? 正義とは、喧嘩に勝つことではありません。相手を傷つけることでもありません。貴女たちの〝合気の技〟は、そんなことに使う技でもありません。強さを履き違えるのも、いいかげんにおよしなさい。ツクヨさん! 飛川さんと尾辻おつじさんが、悲しむだけです。忍さんも、彼らとの格の違いを自覚しなさい!」

 ボクは、飛広コンビの自信の根拠を初めて知った。叱られた子犬のように目を伏せて、沈黙に徹する飛広コンビ。

「いいですね?」

 ふっと、桜木さんの声が穏やかになった。

「「ごめんなさい……」」

 飛広コンビが、首をくすめて謝っている。慌てて、ボクは割って入る。

「申しわけありません。すべて、ボクが悪いんです。ボクが絡まれたのを、ふたりが助けてくれたんです。だから……」

「もしかして、黄瀬きせ君……ですか?」

 画面の向こうで、桜木さんが微笑んでいる。

 ずっと年下のボクにさえ、折り目正しく、規律正しく、礼儀正しい。桜木さんの声は穏やかだ。

「はい、黄瀬学公がくと申します」

「初めまして、桜木真人です。お噂は、ツクヨさんから聞き及んでいます。ご入学おめでとうございます」

 聡明叡知そうめいえいちのイケメンが、爽やかに微笑んだ。

「あ……ありがとうございます」

「おひとりで受験勉強、頑張りましたね。もう、飛川さんとは会いましたか? 彼は僕の親友です」

 桜木さんが、飛川先生の親友……

「はい。先日、飛川先生に手料理をご馳走になりました」

「そうですか。彼の料理はおいしいですからねぇ~。それは何より」

 目を細める桜木さん。それにホッとしたのだろう、飛広コンビの顔もほころんだ。

「ツクヨさん、忍さん。変身ベルトの出番は、最後の最後───ですよ」

 桜木さんが、念を押す。

「「はい!」」

 こんなに素直な飛広コンビを、ボクはこれまで見たことがなかった。きっと校内に、桜木さんのスパイが潜んでいるはずだ。これで飛広コンビは、迂闊うかつなマネができなくなった。無鉄砲なふたりを止める、桜木さんの策略さくりゃくは完璧だ。

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