後ろの席の飛川さん〝028 演歌は愛する人へのメッセージ〟

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 今日のメンバーは、飛川ひかわさんと、麩菓子ふがしのヒロミさんと、シゲじいさんと、ハルカさん。そして、ボク。総勢五名で摘果に挑む。

黄瀬きせです。中一です。よろしくお願いします」

 ボクの挨拶に

「麩菓子おいしかった?」

「挨拶ができるのか。偉いぞ、小僧!」

「あら、孫と同級生ね」

 その反応は様々だ。

月読つくよ、いっきまーす!」

 桃の根元に脚立を立てると、忍者のように梯子を登った飛川さん。手慣れた手つきで桃の実を落としてゆく。それを合図にするように、お年寄りたちが腰のラジオの電源を入れた。いくらボクでも、ラジオくらいは知っている。けれど、ラジオの音を耳にしたのは初めてだ。

「高松まつり事務局では、今年もアームレスリング参加者を募集しています……」

 ラジオからローカル番組が流れている。地元情報満載だけれど、若者向けではないようだ。アマチ・マリ、ミナミ・サオリ、イシハラ・ユウジロウ、ハシ・ユキオ……この方たちは、誰ですか? トークの間に流れる音楽は、ボクの知らない歌ばかり……。

 飛川さんが摘果した後の桃の実に、僕たち四人で袋をかける。飛川さんに追いつくと、シゲじいさんが桃の摘果に加わった。

「月読ちゃん、共闘じゃ!」

「ほい、シゲじい!」

 高い枝は飛川さん。低い枝はシゲじいさん。ふたりは、阿吽あうんの呼吸で作業を進める。こういうのを〝お見事!〟と呼ぶのだろう。今日の飛川さんも賑やかだ。ご機嫌そうで、何よりです───

 ボクはというと、借りてきた猫のように、無言で桃に袋をかけていた。仲間の輪に入ろうと、そんな努力もするけれど、会話の糸口すら見つからない。それほどまでに、世代格差がありすぎた……ボクが作業に勤しんでいると、一斉にラジオの音が高まった。

「月読ちゃん、お風呂の歌やでぇ~」

 シゲじいさんの声に、ピタリと動きを止めた飛川さん。てか、お風呂の歌ってなんですか?

 ゆっくりで、悲しいげで……哀愁漂うイントロに、ボクは耳を傾けた。あの楽器は、ヴァイオリン?

───あなたは、もう……

 語りかけるようなその歌詞に、小さな石鹸カタカタ鳴った……お風呂の情景が目に浮かぶ。お風呂の歌というよりも、銭湯の歌っぽい感じであるが、問題はそこじゃない。曲の題名、違うでしょ?

 そうは思えど、口には出せず、しみじみとした時間だけが過ぎてゆく。遠い昔の歌だけど、いい歌だなとボクは思った。

 曲が終われば元どおり、ラジオの音が小さくなって、袋がけが再開された。

「これ、月読ちゃんが好きなのよ。わたしも、好き」

 ヒロミさんがつぶやいた。それは、天から降りしクモの糸。そんなふうに、ボクには思えた。ここぞとばかりに、会話の糸をつかむボク。

「いつ頃の歌ですか?」

「七十二……三年やったで」

 ヒロミさんへのつかみはオッケー、お次は本丸。城門突破は目の前だ。

「シゲじいさんが言ってた、お風呂の歌。あの題名、違いますよね?」

 ボクの問いに、ハルカさんがうなずいた。

「あれは、月読ちゃんが小さい時に言うとった。本当の題名は、神田川。かぐや姫の名曲やで」

 生粋の讃岐弁で語るハルカさん。

「かぐや姫?」

「そう、南こうせつ……若い子は、知らんわなぁ~。ごめん、ごめん」

 そう言って、ハルカさんが口を閉ざす。きっとボクとの会話は、宇宙人を相手にしている気分だろう……神田川、かぐや姫、南こうせつ……今夜、ネットで調べよう───そうだ! いっそのこと、ここで昭和の歌を覚えよう。なぜだかボクは思い立つ。

「ワシ、この曲が好きじゃ」

 次の歌で、シゲじいさんのラジオの音が高くなる。神田川はフォークソングだと教えてもらったけれど、この曲の雰囲気は、フォークソングとは思えない。

───好きよ、あなた……

 歌い出だしから察すれば、これも恋の歌なのだろう。てか、これまでずっと恋の歌。

「演歌は、ええのぉ~」

 シゲじいさんの発言に、すぐさま反応するボクである。シゲじいさんからのクモの糸。これを逃す手など、あるものか。

「これが演歌ですか?」

 事実、ボクは演歌を知らない。

「そうじゃよ、日本の心じゃ」

「いつ頃、流行った歌ですか?」

「男女七人の頃じゃったから……昭和六十一年だったかのう……」 

 タオルで額の汗を拭きながら、ボクに答えるシゲじいさん。そこは西暦で教えてほしかった……。とはいえ、男女七人とはなんなのか? 今夜の課題がまた増えた。

 ラジオからの歌声がサビに入ると、シゲじいさんが口ずさむ。

───追いかけて……

 山肌で、シャーシャーざわめく蝉時雨せみしぐれ。タオルで汗を拭きながら、誰もが負けじと、追いかけて。みなが声をそろえて口ずさむ。

───追いかけてぇ~

 飛川チーム(老人会)がひとつになれど、無言で摘果を続ける飛川さん。演歌に興味がないのだろうか?

───お~いかけてぇ~

 三度目の追いかけてに、沈黙の飛川さんが動き出す。

「ゆきぃ~ぐぅにぃ~」

 飛川さんの甲高い歌声が、誰かの背中を追うようだ。

 気持ちよく、雪国の四文字を歌い上げ、脚立の上から西の空を見つめる飛川さん。その瞳の先にある人は……

尾辻おつじ君、元気かなぁ……」

 ハルカさんがつぶやいた。

 

コメント

  1. 雪国
    パワーワードだった(笑)

    • 一面の雪景色を見たことがないので、一度は行ってみたい土地です(笑)