今日は、全国的に月曜日である。
「……」
後ろの席の飛川さんは、ぐったりしていて、今朝は元気がなさそうだ。昨日、尾辻さんとはしゃぎすぎて、エネルギーが切れたのか? ボクは、飛川さんに問いかけた。
「おはようございます、飛川さん。昨日はありがとうございました」
飛川さんは無反応。机に突っ伏して、ぐでっとしている───あの後で、尾辻さんと喧嘩した? 空蝉のような彼女が心配になるボクである。
「オ……オッツーが……」
「尾辻さんが?」
「……キレた」
キレた? つまり、尾辻さんが、怒ったってこと?
「は?」
「オッツーが……」
飛川さんが、同じ言葉を繰り返す。
「はぁ」
「足りないの」
なんだそれ?
怪しい薬じゃあるまいに。キレたの足りないのって、意味不明な物言いだ。
「でも……昨日、会ったばかりですよね? あんなに楽しそうだったじゃないですか」
でも今は、飛川さんを励まそう。すると、前の席の広瀬さんが、ボクらの会話に割り込んだ。
「二日酔いよ」
二日酔い……奈良漬け事件の広瀬さんが言うと、妙に説得力があるのだが。
「いやぁ~だって。昨日は楽しそうだったじゃん?」
ボクは反論を試みる。
「幸せはね。絶頂を迎えると、そこからは下り坂しかないものよ。でも、大丈夫。月読はバカだから。三分もすれば、忘れるわ」
何それ、哲学?
広瀬さんの言葉には、そこはかとない真理があった。バカは余計だと思うけど……。
「ねぇ、きいちゃん……」
蚊の鳴くような声の飛川さん。
「私にね、赤ちゃんができて……忍にも赤ちゃんができて……きいちゃんは分からないけど、もしも……そんな日がきたら。また、桃の畑でバーベキューしようね……」
ボクの未来は、コウノトリとは無縁らしい……未来への希望を言い残し、机に顔を伏せる飛川さん。その文言たるや、もはや遺言のようである。小さな飛川さんの後頭部を眺めながら、彼女の邪魔にならぬよう、スマホのタイマーをセットする。三分、三分……。
───三分後。
「ねぇ、きいちゃん!」
「はい」
広瀬さんの予告どおり、後ろの席の飛川さんが、いつもの笑顔で問いかける。
「これは、なんですか?」
そう言って、ボクにスマホをかざす飛川さん。
「飛川さんご自身の写真です」
「……」
飛川さんが、無言でスマホをタップする。
「じゃ、これは?」
これは、麗しの早川さん。その写真だけでもボクにくれ!
「うる……早川さんです」
「そういうことじゃないの!」
どういうことだよ?
「もう一度」
そう言って、ボクの鼻先にスマホをかざす飛川さん。
「この髪型は?」
今度は具体的な質問だ。
「おかっぱです」
「やっぱり……」
不満たっぷりの腑に落ちない顔つきだ。
「じゃ、こっちは?」
これは、麗しの早川さん。
「ボブカットです」
「きいちゃん。頭、大丈夫?」
なんでだよ?
飛川さんは、どちらも同じ髪型だと主張する。だが、誰に訊いても同じ答えなのだとか。言われてみれば、ふたりの髪型は同じである。でも、違う。上手く言えないけれど、決定的な何かが違う……。
「きいちゃん、なんで?」
「……」
「おかしくない?」
「……」
飛川さんに詰問されても、明確な回答を見いだせず、ボクは広瀬さんに助けを求めた。広瀬さんなら、きっと明確な答えを持っているのに違いない。飛川さんとは、幼少期からの付き合いなのだ。
「少しだけ、スマホを貸してくれますか?」
飛川さんを傷つけぬよう、対策を講じるボクである。
「いーよぉー、ほい!」
「ありがとうございます」
飛川さんからスマホを受け取り、広瀬さんに問うてみる。
「広瀬さん。ちょっと、いい」
広瀬さんが、いつもの真顔で振り返る。すると、たなびく黒髪の隙間から、爽やかな香りが広がった。可憐で優美。この表現がぴったりだ……外見だけは。
「何?」
「これは、なんでしょう?」
ボクが飛川さんの写真を見せると
「バカ」
一刀両断とは、このことだ。
「は?」
広瀬さんは、眉ひとつ動かさない。
「じゃぁ、これは?」
次の画像は、早川さん。彼女の美しさは神々しい。顔のパーツの黄金比たるや完璧だ。
「化け狐」
「え?」
一片の迷いなく、彼女は真っ直ぐな目でボクを見る。
「……」
それに納得できないボクである。無言で抗議の意を示す。
「じゃ、女郎蜘蛛」
じゃ……って。
広瀬さんに頼ったボクこそが、バカだった……。

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