小説家としての飛川三縁と、ブロガーとしてのカブトムシ。双方の文体に大差はない。小説とブログ。表現技法は違えども、その本質は同じである。
ボク如きが語るのは、生意気なことではあるけれど、執筆技術は粗削りでまだ未熟。ストーリーもありきたりだ。ただ……先生の文章には、それを超えた何かがある。万人ウケはしないけれど、刺さる読者には突き刺さる。先生の作品には、それがある───
「心に刺さる小説には、根っこがあると思います。先生にはそれがあります」
ボクの答えに、目を細める一途さん。
「根っこ? それは、なんだい?」
「隠れた切なさ、寂しさ、悲しみです。根底に、それがあるから、心に何かが残るのでしょう」
「ほう……それで?」
一途さんが姿勢を正した。
「先生の小説の内容はありきたりです。どこにでもあるあらすじで、目新しさも、ひねりもありません。先が読めてしまって、文体も繊細とは言い難く、ナナシさんのような、研ぎ澄まされた洗練さもありません。その意味で、ナナシさんは文豪に近い書き手だと思いました、剛腕です……でも」
「でも、なんだい?」
「だから、飛川先生はすごいです」
「すごいとは?」
「ブログ王を読んだ夜。なぜだかボクは、泣きました。でも、どこにもその要素はありません。どうしてボクは、泣くのでしょう? なんなんですか? あの間と行間は? あれって、計算なんかで書けますか?」
「……」
ゆっくりと、一途さんがコーヒーグラスを口へ運ぶ。コーヒーを飲み終えるのを待つと、ボクは、思いの丈を吐き出した。
「ブログ王の一巻では、切なさを感じました。二巻では、寂しさを感じました。最新刊の三巻で感じたのは……途轍もない悲しみです。極めて単純明快で、とても明るい内容なのに、どうしてそれを感じるのか? 物語は、ハッピーエンドで終わるのに、どうして、余韻が残るのか? それがボクの疑問です。きっとそこには、隠れた裏設定があるのでしょう。もしかしたら、先生の体験談なのかもしれません。意図せずならば天才で、計算であるなら───あざといです。その逆で、ナナシさんの描く世界は、死の淵で書いたような、鬼気迫るものがありました。言うなれば……鬼才です」
「で、キミの結論は?」
ボクは首を横に振る。
「分かりません……ごめんなさい」
飛川作品への考察は、ボクを迷宮へと引ずり込んでしまうのだ。
「よし、合格だ。あたしはキミを見くびっていたようだ。キミのことを誤解していた。キミを子どもだと侮っていた。すまなかったね、申し訳ない」
深々と、頭を下げる一途さん。
「いえ、そんな」
慌てて両手を振るボクである。
「さすがは、忍が推した男だよ」
え?
ボクに考える暇を与えず、一途さんが、こう言った。
「黄瀬君、さっきの質問に答えよう。ナナシは、あたしの男だよ。どうだい……痺れる文章を書くだろう?」
一途さんが、微笑んだ。
「キミは、面白い子だねぇ。飛川君と出会い、彼の会員証を手に入れ、そして、今日という日に……三万冊もの蔵書の中から、この本をキミは選んだ……これぞまさしく邂逅だ。キミに会えてうれしいよ。本当にありがとう」
そう言うと、ボクの前にカードを置く一途さん。
「これを受け取ってほしい。あたしからのお願いだ。遠慮なんかいらないよ。改めて言わせてもらおう。ようこそ───あたしの邂逅へ!」
カフェ・邂逅の会員証に、ボクの名前が刻まれていた。ボクの名前の隣には、永久無料の文字がある。戸惑いを隠せぬボクに向かって、一途さんが拳を伸ばす。
「さぁ、黄瀬君も、拳を出しな」
「こう……ですか?」
ボクは拳を差し出すと、彼女の拳がコツンと当たった。
「あいつの好きなグータッチ。見込んだ人としか、やらないよ」
一途さんが無邪気に笑う。人生初のグータッチに、たゆたうばかりのボクである。

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