───リピーター?
それは、人生のリピーターという意味なのか? キタゾエ……お前、もしかして……。人生を繰り返す、ひとりぼっちの無理ゲーを、共に歩む仲間がお前か?
「どういう意味だ? そんな怖い顔すんなよ、キタゾエ。俺がクレイマーじゃないのは確かだが……」
もしかして……その思考が働くけれど、そのとおりだとは限らない。今は黙るが吉である。キタゾエの問いに、俺はとぼけた。
「隠さなくても大丈夫よ」
そう言うと、キタゾエはタバコの煙で輪っかを作った。上手いもんだな……大きく広がりながら浮かぶ輪っかを、俺はぼんやり見つめていた。
「何歳から戻った? ウチは還暦になる少し前だった……最初はね。めでたく今は───四度目だよ」
───四度目だと!
俺の瞳孔が大きく開く。キタゾエは、俺に構わず話を続ける。
「アンタに言っときたいことがあってね。助言と受け取ってもらえたら、うれしいよ。もし仮に……昭和に戻る前。アンタが、それなりの年齢に達していたなら。もし仮に、アンタに子どもがいたとするのなら。子どものことは諦めな。もう二度と、同じ子とは出会えないよ。だから子どもの呪縛を断ち切って、これからの人生を歩めばいい。どうせ、嫁さんとも上手くいってなかっただろうし……」
正解だ。一度目の人生で、俺は別居生活の中にいた。離婚までのカウントダウンも始まっていた。破綻した家庭だった。
───魔がさした。だから何?
その言葉にすべてを理解した俺は、嫁から静かに身を引いた。だから、嫁に対する情もない。けれど、子どもだけが気がかりだった。俺の勝手で、我が子の存在を消すことはできない。だから、同じ人生を歩むつもりだった。その人生の終盤で、ひと目会いたい人がいる……二度目の人生、俺はそれで十分だ。そう思っていた。
「キタゾエよ、俺が過去に戻ったって、どうしてそう考えた? お前の仮説の根拠が知りたい」
キタゾエが不敵に笑う。
「今言った、アンタの言葉のすべてが根拠だよ。見え見えなんだよ。だってアンタ、中学生の言動じゃないからさ。どうしても滲み出るのさ。心の年輪ってやつがね。これからが大変よ。中学生のふりって、案外難しいものなんだ。こんな顔してなきゃいけないからね」
そう言うと、キタゾエの表情が幼くなった。こいつはとんだ女狐だ……キタゾエの変貌に俺はそう思った。
「でも、自分の子どもに会えない理由ってなんだ? カミさんともう一度、ニャンニャンすればよいのでは?」
「ふん」
キタゾエが鼻で笑う。小馬鹿にされたようで気分が悪い。
「遂に認めたね。先ずは忠告よ。まだ、夕やけニャンニャンは始まってないからね。それを言うなら、山城新伍のチョメチョメよ。間違えるのよねぇ、初心者は」
初心者?
「悪かったな、初心者で。そのリピーターつーのは、タイムリピーターって意味でいいのか?」
俺の問いにキタゾエが答える。
「そんなものね、厳密には違うけど。この世界を認識した瞬間から、よく似た別の人生を歩むと考えた方がいいわ。徐々に記憶と未来とが変わるから。ウチだって、お腹を痛めた子どもは可愛い。あの子と……会いたかったよ。でも、会えなかった。一度もね」
どういう意味だ?
「ウチの最初の旦那とは、二度目の人生で出会えなかった。小さな町だもの。顔を見ることはあるけれど、知らない女と結婚してた。ほら、そこの文房具屋のコスモス自販機にだって……アンタ、違和感を感じたろ? 登場が早くなってるんだよ。今回はね」
俺の記憶が正しかったということか。
「確かに、それはそう思った。ところで、最初の旦那って……」
一度目の人生の旦那って意味だろうか? それとも……キタゾエならありそうだ。
「そう、最初の旦那。一度目の人生で、ウチは三回結婚したのよ。イケメン、イケメン、金持ちの順番だったわ。昭和なら、二枚目、男前、金持ちね」
やっぱりな。キタゾエは、半笑いで話を続ける。
「知ってる? 結婚って三回目はね。戸籍がキレイになるのよ。名前を書く欄がふたつしかないからね、三人目は新しい用紙をくれるの」
俺の知るキタゾエの性格がそのままならば、たぶん、再再婚の話は事実で、戸籍用紙の話は嘘なのだろう。まぁ、キタゾエにも苦労があったということか。結婚なんて、俺は一度で懲りたけどな。
「で……もう俺の人生。未来の改変は始まっているのか?」
これから四十五年先。その未来を知る俺である。だから、世渡りなど造作もない。借金せずに、贅沢せずに、コツコツだけで還暦まで余裕でイケる。欲を出し、金や女やギャンブルに執着するから、生き地獄を味わうのだ。俺の未来が変わったところで、世界の流れまでもは変えられない。
風が吹けば桶屋だろうと、バタフライエフェクトだろうと。俺の判断程度で、そこまでの効果なんて得られやしない。つまり、ヤフー、ライブドア、アマゾン、アップル……株を転がしゃいいだけだ。その前にNTTだな。俺は厳かにのんびりと生きる。
「そうだね。ウチらがここで会話した記憶がアンタにはないよね。ウチにもない。だからもう、改変は始まってるのさ。ウチもアンタも、何かを判断した瞬間。未来は無限の変化を見せる。大きな変化を求めるのなら、影響力のある人間になればいい。そうじゃなければ、人知れず静かに生きる道もある」
だよな。キタゾエが語る言葉ひとつひとつに、強い説得力を俺は感じた。
「で……二度目の人生で、お前は何を求めた?」
キタゾエは、真っすぐな目で俺に言う。
「東京……都知事」
「は?」
竹を揺らす風の流れがピタリと止まった。
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