真夏の恋(001霊能者の孫娘)

ショート・ショート
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───あぁ~ん! ヤレない女と付き合う意味なんて……あんの?

 デート中に彼氏が言った。それってさ。今、アンタが言うセリフかね? ムカついたから、その場でぶん殴って別れてやった。その後で、メアドも電話番号も全消去。これで、人生初のデートが幕を閉じた。アホらし……。でも私は十七歳。まだまだ人生、これから、これから! ネクスト、ネクスト。楽しく生きよう! どっかに、いい男はいないかねぇ……。

 彼氏を殴った帰り道。石ころ蹴り蹴り、田んぼのあぜ道、家路を辿たどる。私の理想は背の高い男。これは引けない。そんでもって、足が長くて、小顔で、爽やかで、優しくて。笑顔がキラキラしていてからのぉ~……お金持ち。私の望みなんて、その程度。なのにそいつが、みつからない。白馬じゃなくっていいのにね。ポルシェでいいのに……。この男かな? こっちもいいな。脳内で、イケメンたちを回転寿司のお皿に乗せて、ぐるぐる回して、ほくそ笑む───絶景だっ!

 あら、あら……きれい。田んぼと田んぼの間の畑で、白い花が咲いていた。あら、あら……可愛らしいお花だわ。白いお花を摘み取って、私は小さな花束を無心で作った。子どもの頃、こんな遊びをよくしたわねぇ。すると、何かが私に取り憑いた───知っている。アンタ、幽霊でしょ?

 幽霊なんて見たことないけど、霊に取り憑かれた経験が、これまで幾度かあったのだ。初体験すら……まだなのに。で、アンタもしばらく取り憑くの? 害はなさそうだから、ま、いっか。そんなことより、どっかに、いい男はいないかねぇ~。アンタも一緒に探してくれない? 絶賛フリーダムな私であった。でも、JKを舐めてはいけない。この夏の主役は───私だ! 十七歳、夏。私は、根拠なき自信に満ちていた。幼い私は……ホントの愛を知らずにいた。

 花束を手に家に帰ると、じいちゃんの車があった。それはつまり、ばあちゃんも? ふたりはいつもラブラブだから……そっと私は、家の廊下からリビングを覗き、ばあちゃんを発見して、回れ右。とにかく、ばあちゃんは小煩いのだ。きっと、今日のデートだって……私の背中の何もかも、お見通し。こんな気分でお説教だなんて、勘弁してよねー。夏休みが台無しなのよぉ。抜き足、差し足、忍び足……。私は家からの脱走を試みる。

真夏まなちゃん。おかえりなさーい」

 無駄だった……ばあちゃんの声に観念した私は、いそいそとリビングに入る。じいちゃんと並んで、ソファーに座るばあちゃんは、私を見るなりニヤニヤ笑う。この女、見かけがやたらと若いのだ。ママと並べば、ママがお姉さんに見えるほど……孫が言うのも変だけど、控えめに言っても、化け物だ。

「ば……ばあちゃん、おひさしぶりっす」

「あらら……そんなに怯えなくてもいいのよぉ~。今回は、可愛い子に憑かれているわね、真夏ちゃん。彼ピも残念だったわね。ふふふふふ」

 ばあちゃんは、私のすべてをお見通し。若い子の言葉にも精通している。だって、ばあちゃん。有名な霊能者なのだから。口癖は「こいつは偽物、詐欺師だね。予言の類も同じだよ」テレビの心霊番組を見ながら、ゲラゲラと膝を叩いて大笑い。その後の決まり文句は「こいつら、地獄行き確定だぁ」……神から与えられし能力は、金のために使ってはいけないらしい。それだけは、幼少期から口を酸っぱくして言われてきた。

「今日はね、結界のリノベーションに来たけれど、それは、来月に回すとするよ。こんな可愛い子を連れて帰ってくるんだもん。じゃ、始めようかね。あらら。そうなの、そうなの……」

 ばあちゃんが、私の右肩に向かって話を始めると、私の股の間を八月の風が吹き抜けた。風にめくれたワンピのスカート。私はとっさに両手で押さえる。すると、元彼の顔が頭に浮かんだ。まったくもう! どいつもこいつもスケベばかりだ。

「真夏ちゃん」

 しばらくの間。私の右肩と会話していたばあちゃんが、私を呼んだ。

「へぇ……」

 私は、ため息を混じりの返事をした。

「そんな返事をしていると、地獄に落ちるわよ。お返事は『はい』でしょ?」

「はーい」

 私と目を合わせた、ばあちゃんの表情が真剣になった……卑怯なほどに、眩いばかりの美人になった。その瞳に吸い込まれそうな錯覚すら覚えてしまう。女の私でも抱かれたい……。じいちゃんは、ばあちゃんの隣で、ポカンと口を開けて眠っている。じいちゃんはどうやって、隣の美魔女を落としたのだろう……。急にそれが気になった。

「この子にはね、会いたい人がいるわ。最後の別れをしたいそうよ。真夏ちゃんは、近い将来、その人と出会うことになるわ。その時は、この子に心を開いてあげてね。それで、この子は成仏できるから。大役よ、がんばりなさい。霊能者の孫娘」

 きっと、もう一度。この子は、ママに会いたいんだ……。私はそう思った。

「分かった、ばあちゃん。そうするよ。この子は、ママに会って甘えたいのね」

 任せなさい! そうとも思った。

「違うわよ、飼い主さんよ」

「……え?」

 ちょっと待って……。今、ばあちゃん。なんておっしゃいました? か、か、飼い主さん?

「げっ! マジっすか?」

 何が肩に乗ってんのよ?

「あらら……うれしいのね。とても喜んでいるわよ、可愛らしい猫ちゃんが」

 あら、あら……猫ですの? ばあちゃんは、私の花束を指さした───畑で盗んだお土産だ。

「あなた、そのカスミソウ。猫ちゃんのお墓に咲いてた花よ。そこで、無心になったわね。だから、憑いてきちゃったの。男を殴った後だから、無心じゃなくて放心ね……ま、少し辛い思いもするだろうけれど、何事も勉強よ。ふふふふふ……」

 この数日後。私は彼と出会い、恋をした……。

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