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のんちゃんのブログ王〝020 じいちゃん〟

020 じいちゃん  3度目の審査の帰り道。  俺はじいちゃんの畑に寄った。オッツーからの助言もあって、じいちゃんと話がしたくなったのだ。俺には、じいちゃんに悩みを打ち明けた過去があった。 ───ブログをやめたい……。  そう、愚痴った日。  俺は中学卒業を間近に控えていた。俺の愚痴に、いつもトボケたじいちゃんが真顔になった。 「三縁も春には高校生か……」  そう言って、じいちゃんは黙り込んでしまった。しばらくの沈黙の後、決意したように口を開いた。 「この話は、ワシとお前だけの秘密じゃぞ。約束できるか?」 「……」  俺は無言で頷うなずいた。  小春日和の畑のベンチにふたり並んで腰掛けると、じ...
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のんちゃんのブログ王〝019 最高の裏切り〟

019 最高の裏切り  この1週間、俺は休む間もなく小説と格闘していた。人間の脳は、限界を超えると安全装置とやらが働くらしい。水曜日、俺は人生で初めてそれを体験した。何も考えられなくなったのだ。 ───どうなった? 俺の頭……。  予期せぬ脳からの急ブレーキに混乱した。こんなの初めて。全く頭が働いている気がしない。もう、何も考えられない。俺はその感覚に恐怖した。 「俺の頭がこんなんじゃ、今日の更新が不能になるかもしれないぞ……」  その恐怖の矛先は、小説ではなくブログに向かった。俺が最も恐れているのは、ブログの更新が止まることである。  ブログだけは絶対に止められない。のんは心配性なのだ。更新...
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のんちゃんのブログ王〝018 敗北〟

018 敗北 「地の文、台詞、心理描写、情景描写。そいつをどうにかしなさいよ! あんたのはね、分かんないところが多いのよ! 文法がメチャクチャなのよ。 まぁ、そのプロットは面白いけど」  なんだかよく分からんが、アケミの怒りのひとつひとつを思い出しながら、俺は土日返上で手直しをした。何ひとつ、エピソードが加わらないのに、文字数だけが伸びていく。それは足りない描写と台詞を足した結果である。アケミから見れば、讃岐弁主体の日本語文法はメチャクチャなのだろうけれど……。  そんなワケで書き直し。  というよりも、読み直すとアケミの指摘がおぼろげながら見えてくる。アケミの助言を要約すれば、もっと詳しく書...
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のんちゃんのブログ王〝017 男の気持ち、女の気持ち〟

017男の気持ち、女の気持ち  小説を書く。  そうは言っても、俺には致命的な欠陥がある。小説クラスの長文が書けないのだ。これでも6年間、毎日ブログを書き続けた自負もある。だから、文字数伸ばしくらいなら手慣れたものだ。無理をすれば、俺にも長文くらい書けるだろう……でも、書けない。  書けないというよりも、文字数を伸ばすと間延びするのだ。言葉のリズムが間延びして、ノイズが入ってテンポが崩れる。そうやって書いた文章を、後で読み返すと気持ちが悪い。自分で書いた文章なのに嫌になる。  ならば、登場人物を増やそうか? その回避策も考えた。物語に新たな要素が加われば、文字数は勝手に伸びる。でも、それにも問...
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のんちゃんのブログ王〝016 人類滅亡〟

016人類滅亡 ───ひとめ、あなたに。  このメッセージが俺の心臓を激しく揺らした。彼女に会いたい。だた、それだけで旅に出た。二度と生きては戻れない。そんな片道切符の旅であった。  やがて地球に隕石がぶつかる。そして、あっけなく人類の歴史は幕を閉じるのだ。人類滅亡の日まで、あとわずか……。  交通機関は停止した。食料とガソリンの供給も途絶え、頼みの綱のネットも死んだ。ネットの死により、彼女との連絡の道も閉ざされた。それでも俺は、ふたりの仲間と共に旅に出た。今、俺は彼女の街を目指している。  出発の朝。空は抜けるような青さだった。きっと彼女も同じ空を見ているだろう。だってそうだろ? 空はどこま...
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のんちゃんのブログ王〝015 放課後クラブ〟

015放課後クラブ  桜木は、俺のベッドの上で小難しげな本を読んでいる。アケミはチュッパチャップスを口にくわえながら、スマホで動画を鑑賞している。きっと、あれだB……いや、書くのはやめよう。  オッツーはツクヨと格闘ゲームの対戦中。ゆきは趣味の編み物だ。きっと、これはゆきパパへのクリスマスプレゼントになるのだろう。庭の噴水のためだ、がんばれよ!  このカオスの中に、わずか10歳のツクヨが溶け込んでいるも不思議である。それにしてもだ。たった6畳の部屋に、これだけの人間が入るものだ。彼らには、きっとパーソナルスペースの概念などないのだろう。どう見ても家族である(笑) 「プレゼントに小説だなんて、か...
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のんちゃんのブログ王〝014 オッツーの変身ベルト〟

014オッツーの変身ベルト ───はじめまして、ゆいです。ぶしつけですが、折り入ってカブトムシさんにご相談があります……。  旅乃琴里たびの ことり、桜木、のん、そして───ゆい。  揃いも揃って、俺に小説を書けと言う。正直、俺は困っている。書くべきか、書かざるべきか。そもそも、俺に小説が書けるのか? いや、書けないに決まってる。  今の俺の実力。それを総動員しても、書ける気が全くしない。クリスマスまでの時間もない。ツクヨに作ったお話とはワケが違う。文字数の壁もある。小説に必要な文字数は、俺の書く記事の50倍だ。下手すりゃ100倍。絶望的な文字数に腰が引けた。どう考えても無理ゲーだ。  プロッ...
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のんちゃんのブログ王〝013 後悔〟

013後悔 「ふ~」  今までの秘めた願いをメールに書いて、サヨリに飛ばした数分後。部屋の片隅でうつむきながら、のんは大きなため息をついた。勇気を出したお月様への願いごと。のんはそれを心から後悔していた。サヨリへの初めてのおねだり。月に手を伸ばした自分が、急に怖くなったのだ。 ☆☆☆☆☆☆  なんかねぇ、書いちゃった。  なんかねぇ、おねだりしちゃった。  いつか、あなたの小説が読んでみたいの。  それをずっと言いたかったの。初めてあなたのブログを見た日から。消えちゃったけど、カブトムシが炎上したころから思ってた。自分では気づいていない、隠れたお月様の才能を。わたしは、ずっと伝えたかった……。...
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のんちゃんのブログ王〝012 願い〟

012 願い  俺のブログはたまり場だった。  俺の記事など大喜利のお題にすぎない。本文よりもコメントが長文。そんなブログも珍しい。俺のブログに旅乃琴里たびの ことりが降臨してから、ブログの舞台はコメント欄に奪われた。それでも俺は楽しかった。それを、みんなも楽しんでいる。だから、上出来なのである。ただ喜んでばかりもいられない。人の集まるところには、必ず悪も集まるものだ。  正義の味方、オッツーよ。ここは、お前の出番だぞ(笑) ───広告掲載しませんか?  しませんよ。 ───儲かる方法を知りたいですか?  お前が儲かる話でしょ?  そんな悪徳業者からのお誘いコメントも日常だ。きっと、俺の記事も...
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のんちゃんのブログ王〝011 かぐやちゃんとお月様〟

011 かぐやちゃんとお月様  毎日、文字を介して会話をしている人がいる。顔も知らない、声も知らない。住んでる場所も、ホントの名前だって何も知らない。知っているのは〝のん〟という、HN(ハンドルネーム)だけの女の子。  初恋と呼ぶには幼くて、友だちと呼ぶには遠い人。その距離は縮まることなく、俺たちの関係は平行線を辿っていた。読み手と書き手。ただそれだけの関係だ。中学から、それだけが繰り返されている。その中で確信したことがひとつあった。 ───のんは可愛い。  見たことないけど、とても可愛い。そう、俺は勝手に思ってる。のんは俺のブログに足跡を残した。のんとは、中1の秋からの付きあいである。まぁ、...
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のんちゃんのブログ王〝010 ポメラ〟

010 ポメラ  あのコメントは本物だった。  旅乃琴里たびの ことりが書いたのだ。その事実が発覚したのは、コメントが書き込まれた翌日である。ご丁寧に、出版社からの謝罪メールが届いたのだ。俺のブログは、よほどの炎上っぷりだったのだろう。その対応の早さに驚くばかりだ。 ───先日の書き込みは、旅乃琴里本人によるものです。大変なご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申しあげます。つきましては、旅乃琴里からの書き込みの削除をお願いいたします。  謝罪という名の削除依頼だった。  けれど、あのコメントが本人だったとは……。俺は、優秀なスタッフに旅乃琴里が守られていることを理解した。都市伝説だと思われていた...
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のんちゃんのブログ王〝009 ラノベ作家 旅乃琴里〟

009 ラノベ作家 旅乃琴里  俺たち放課後クラブのメンバー全員、無事に中学を卒業した。そして今、高3の2学期を過ごしている。その間、誰ひとり恋愛成就を為し得なかった。それがとても残念である。  のんがいる俺だけを除いてな(笑)  俺は、炎上チャンスを狙うブロガーになっていた。そんな俺のブログに大事件が起こった。有名人からのコメントが入ったのだ。コメ主は、今をときめく旅乃琴里たびの ことりだ。さしずめ、村の盆踊りにトップアイドル登場である。予期せぬスターの降臨に、俺のブログは萌えに燃えた。  俺だって暇じゃない。年がら年中、ブログをチェックしているわけでもない。コメントを読むのは就寝前だと決め...
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のんちゃんのブログ王〝008 のんとゆい〟

008 のんとゆい  ウチは、短い登校拒否を卒業した。でも、やっぱ初日、学校へ行くのが辛かった。一度刻まれたトラウマが、ウチの心を暗くする。また、シカトされるに決まってる。そう考えただけでも嫌になる。  それでも、朝。制服に着替えた姿を、ママの店の大きな鏡に映して身支度を整えた。これがウチの戦闘服だ。ピシッとした姿で、あの子に挨拶するんだ───『おはよう』って。  中学に入ってから、教室に入る瞬間はいつも怖い。勇気を振り絞って扉を開く。すると、ウチの姿を見たクラスメイトの動きが止まった。ウチの心臓もたぶん止まった。ウチの膝がガタガタ震えた。 「ゆいちゃーん。おっはようねぇ!!!」  静まり返っ...
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のんちゃんのブログ王〝007 ゆいとのん〟

007 ゆいとのん  ウチは最低の女だった。  〝のん〟をいじめた。小学のころ、仲間といじめた。ジメジメいじめた。とことんいじめた。憎らしかったんだ。あの子。  おとなしくて、頭がよくて、可愛くて。そのうえ、体が弱いものだから。男子も先生も、どいつもこいつも、あの子にばかりやさしいの。可愛いから依怙贔屓えこひいき? だからって、なんなのよ。超ムカつく。  抜けるような白い肌と、男子を惹きつける顔立ちと、何よりもメガネから覗く、あの瞳が気に食わない。何よ、あのまつげ───長過ぎよ!  あの子の何もかもが気に入らない。だから、メガネを隠してやった。あの子、ド近眼だから。分厚いレンズのメガネがないと...
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のんちゃんのブログ王〝006 中1の夏〟

006 中1の夏  中1の夏休み。  俺は去年のリベンジに燃えていた。右も左も分からない、そんな小学生が初手から炎上を巻き起こしたのだ。火事になれば野次馬も集まる。そこからの全削除。その屈辱を乗り越えて、今日も俺は記事を書く。校長室と、俺の波乱と、オカンの雷を呼び込んだじいちゃんのカブトムシ、あれから2度目の夏が来た。  アホな少年の生き様を、たまに覗く読者もいるのだろう。アクセス推移も、一定のラインから減少することもなくなった。ささやかな数字だけが、俺のモチベーションの源である。きっと、読者の多くは同世代。それは、何となく理解している。ならば、この夏の記事ネタも、去年と同じに決まっている。夏...
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のんちゃんのブログ王〝005 小さなパパ〟

005 小さなパパ  100円欲しさにツクヨのお世話。  そんな春休みも、あっという間に終わってしまった。そして、俺は小学生から中学生になった。入学式という名の、大人のアップグレードを無事に完了させたのだ。  桜木も俺と同じ公立中学に通っている。オッツー、アケミ、そして、ゆき。俺たち“放課後クラブ”のメンバーは同じ中学へ進んだ。小学校から中学校へ。俺の交友関係は、そのまま引き継がれるカタチになった。てか、うどん県ではこのルートが通常である。私立が強い他県とは、学校事情がずいぶん違うようなのだけれど。  ついでに説明しておこう。放課後クラブとは、幼稚園時代に勝手に結成したチーム名のようなものであ...
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のんちゃんのブログ王〝004 姉貴と姪っ子〟

004 姉貴と姪っ子 ───アヤ姉が家に帰ってきた……でも、何で?  何があったか知らんけど、姉貴殿が姪っ子を連れて出戻った。姉の名前は文香あやかである。俺は物心ついたころから“アヤ姉”と呼んでいる。弟が言うのもアレだけれど、アヤ姉は美人である。  日本人離れした彫りの深い顔立ち。それに加えて、健康的な小麦色の肌とほっそりスリムなモデル体型。そんなアヤ姉を男どもが放っておくはずもない。幼いころ、俺は美人の恩恵を受けていた。 「ねぇ、ボク? キミは、文香さんの弟かい?」 「そだお(笑)」 「そっか、似てないね(笑)」  美人の弟は得である。おもちゃ、お菓子、アイスクリーム……。入れ替わり立ち替わ...
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のんちゃんのブログ王〝003 屈辱の校長室〟

003 屈辱の校長室  お盆が明けた夏休み。  俺たち親子は、なぜだか学校に呼び出された。静かな校庭、静かな教室。子どものいない学校は、寂しさよりも恐怖を感じた。校庭の隅の巨木から、聞こえる蝉せみの声だけが喧しい。  抜けるような青空と海に浮かんだ入道雲。誰の目からも、今日は絶好の海水浴日和のはずなのに、俺たち親子の気分は曇天だった。ほら見てみ?……俺の隣のオカンから、今にも雷が落ちそうだ。その先で、ゲリラ豪雨だけは堪忍な(汗)  俺たちが待たされているのは職員室だった。花壇に植えられた大きなひまわりが窓から見えた。黄色い花にミツバチが。そうだ! 今日は気分を変えて、ブログにミツバチの写真を投...
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のんちゃんのブログ王〝002 小6の夏〟

002 小6の夏  ブログの相談をした翌日の午後、桜木が俺の家にやってきた。礼儀正しい優等生は、大人たちからの信頼が厚い。当然のように、我が家でも顔パスである。クラスメイトには頼られて、大人たちには一目置かれる存在だ。桜木にはその魅力があった。敵に回すと厄介だけれど、味方にすれば最強だ。俺が手放すはずもない。桜木君、俺は一生ついてゆきます! 「あらあら、あらあらあらあら。桜木君、いらっしゃい(笑)」  今日のオカンは“あら”の数が四つも多い。今日の“あら”は、今年最高記録の“あら”だった。  桜木へのオカンの対応。それは、他の友だちと明らかに違っている。声のトーンからして違うのだ。今日の声は、...
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のんちゃんのブログ王〝001 じいちゃんのカブトムシ〟

001 じいちゃんのカブトムシ  俺の名前は飛川三縁ひかわ さより。  四国の片隅で暮らす高校生ブロガーだ。“三縁”と命名したのはじいちゃんである。“三つのご縁に恵まれますように”の願いを込めて。しかし、俺は“サヨリ”の響きが気に入らなかった───細魚サヨリは魚の名だ。海育ちの俺たちが、子どものころから釣り馴染んだ魚の名前だ。1ミリだって俺の名前はキラキラじゃないのに 「サヨリ? 魚の? マジっすか?www」  そう言って、俺の名前はイジられる。それが、とても不快だった。でも、それが高校に入ると割とお気に入るのも、思春期の七不思議と呼ぶべきだろう。初めて会う誰しもが、一度で俺の名前を覚えてくれ...