畑の野菜に水やりをしていると、知人が乗った軽トラが畑の横に駐車した。
「水やり?」
「せやで」
「ほなの」
「あいよ」
軽く挨拶を交わして発進した軽トラが、なにか大切なことを思い出したように、ギュイーンとバックして戻ってきた。ってことは、なにかくれるの?
スイカでもくれるのかと思いきや、世の中そんなに甘くない。
「稲刈り、行く?」
それを言うなら、「稲刈りを手伝って」ではなかろうか?
「別に、いいけど?」
「1時間で終わるから」
知ってる、それ嘘でしょ? 1時間で終わる稲刈りなんて聞いたことない。飲み物どころか弁当くらいは出してもらなわないと……。
とはいえ、かねがね稲刈りのお噂は……な僕にとって、どんなことをするのか興味があった。小説を書く身としては、稲刈りの経験だとて是非ともほしい。普通、稲刈りなんて頼んでもやれないよ(笑)
「ほな、行きまっかぁ~」
そんなぶらり散歩気分で軽トラに乗り込むと、
「風の服、忘れた」
と、なん度もブツブツぼやいている。元々主語のない人だから、いちいち「なにが?」と問うのも気を損ねそうで、僕は、「せやな」と言ってうなずくばかり。
お年寄りはね。経験上、時と場合によっては、「なにが?」のひと言で爆発することがある。わからなくとも「せやな」で流すのが一番なのだ。ただ、『風の服』という響きだけが、なんとなく頭の中でくすぶっていた。ブログや小説のどこかで使えそうな、耳障りよき響きに思えたからだ。どんな意味かは知らんけど(汗)
稲刈りの現場は、僕の目測では20メートル×50メートルといったところ。周りが田んぼばかりだから、目の錯覚で間違いがあったとて、長辺が100メートルもはないだろう。
「で、なにやんの?」
「稲刈り」
そう言うと、僕に鎌を手渡した……なぁ、おっさん。そこに、ガンダムがいるのだが?
稲刈りを終えた田んぼに見えるコンバインは、青と白のカラーリングで、なんとなくガンダムっぽい色合いだ。もちろん、知人の所有物である。
隣の田んぼで稼働中のコンバインは、青い塗装で三角型のキャタピラを装備している。だから、あっちはガンタンク。だれがパイロットなのかはわからない。
昭和のヤン坊マー坊天気予報で、『イセキのさなえ』や『燃える男の赤いトラクター』のコマーシャルが流れていたころ、農機具といえば赤のイメージがあったけれど、今は青と白が主流のようで、赤いガンキャノンの姿は見当たらないのが、ちょっと寂しい。
で、僕の仕事はというと、コンバインで処理できない、あぜ際に生えた稲を鎌で刈ることだ。どおりでだれも来ないはずだ。だって……これ、死ぬんじゃね?
今まさに、熱中症警戒アラート発令中なのだから、「野外での活動はお控えください」じゃね? ざっと、僕の活動限界は15分ってところだけれど、こりゃどう見たって半時間くらいは掛かるだろう。
おい、おっさん。どうして明け方にしなかった? そんな愚痴すら出てしまう。
それでも乗りかかった船である。なんとかなるさとやってみると、ものの5分で吐き気をもよおす……よかった、がっつり水分を持ってきて。チビチビとミネラル麦茶を飲みながら、お望みの稲刈りを終わらせた。
おっさんは、悠々とコンバインを運転している。ぼんやりとコンバインを眺めていると、コンバインが稲を刈り取ったあとに、カラスやすずめたちが舞い降りた。あの鳥たちは、なにをやっているのだろう……田んぼに群がる野鳥たちに向かって、「そこどけどこどけ」とばかりに、Uターンしたコンバインが突き進む。
そういえば、あのコンバインはGPS搭載じゃなかったけ? それはつまり、自動運転ができるはず。飛行機の自動操縦みたく、無人でも稲刈りがやれると思うのだけれど、おっさんの「そんなこと、できっか!」というのは本当らしくて、ジーっと運転席を見ていても、おっさんはハンドルから手を離さない。
じゃ、なんのために? あのコンバインには、GPSが付いとるんじゃ? その疑問だけが今も残る。ちなみにカラスや小鳥は、稲刈りで落ちた虫を目当てに集まっているのだそうだ。
なんやかんやで、稲刈りからの帰り道。
「風の服がなかったけん、熱かった」
おっさんは、また風の服のことをぼやいている。まだ言うか? な気分だけれど、取りあえず問うてみる。
「風の服って、なに?」
「ほら、ブーンって……ワークマンの……」
ワークマン?
「それ、空調服のこと? ちっこいプロペラが付いてるやつ」
「そうそう、風の服。あれがあったら涼しいんやで───」
『風の服』は、空調服のことだった。その語彙は、流した汗といっしょに頭の辞書にいただきました(笑)

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