002 虹の橋
月に吸い込まれるように、ワシの体がグングン昇る。それがとても気持ち悪い。それは、若き主が操るマウンテンバイクのようじゃった。リュックの中で、どんなデコボコ山道でも恐るるに足らんワシじゃったが、老いには勝てぬぅぅぅ―――ぐうぇぇぇ! 何がちょっとだけじゃ! 謀りおったな、チハルぅぅぅ!
「死ぬう―――」
「サヨリさんは、もう死んでますってぇ―――」
しばらくすると、雲の彼方にぽっかりと、大きな虹が浮かんで見えた。ワシとてブロガーの端くれじゃ。ブロガーなら、この虹を見れば誰でも思うわ―――こりゃ、映える。
「これが……主が言うっておった、虹の橋か?」
「そうですよ。橋の向こう側が天国です。サヨリさん、ここからひとりで行けますか? 飼い主さんのご指示では、橋のてっぺんから飛び降りるという、アクロバチックなミッションがありますけれど?」
「ま、やれるじゃろうて。失敗したら、ワシは地獄へ落ちるかのう?」
地獄に行くのは、ちと怖い。
「あの世に地獄なんてありませんよ」
チハルの返事に、ワシは内心ホッとした。ただ……この娘の言動に、信用できる要素がまるでない。
「それは、本当か?」
ワシが確認するのも当然じゃった。
「本当ですよ。欲深き人間が、心狭き人間が、勝手に地獄だと思うだけですよ。天国も地獄も心の持ち方ひとつです。人間以外の生き物に、強欲の概念なんてありません。あの世とは……眠らなくて、食べなくて、年を取らなくて、若いままで……不自由のない世界です。だから、心優しきみなさんは、楽しそうに暮らしていますよ。地獄へ落ちるのは、私利私欲にまみれた、悲しい魂だけの特権です。それも、いずれ分かります―――へへへへへ」
幼い顔をして、分かったようなことを言うておる。じゃが、チハルの言い分にも一理ある。我が主は、弱ったワシに刺し身を与えて、自分は納豆飯を食うておるような人間じゃった。
その一方で、若きワシを捨てた人間もおる。雨の中、ワシを拾って育てたのが主じゃった。ワシが主をナンパしたのじゃが……若きワシを捨てた人間が、地獄に落ちるのを想像すると、少しだけ、ワシの胸はときめいた。
「ワシは、我が主の言いつけどおり、トビちゃんのもとへ行くとしよう。チハルとやら、世話になった。礼を言うぞ。達者でな……」
ワシが虹の橋へ向かって歩き出すと、チハルがワシに声をかけた。
「大丈夫ですか? 大丈夫かなぁ?」
ワシを幾つじゃと思っておるのじゃ? にしても……どういうわけだか、体が軽い。身の内から力が湧き出るようじゃ。ワシはそれがうれしくて、振り返ることもなく、真っすぐ虹の橋へと駆け出した。
「言い忘れていましたけれど、サヨリさーん。四十九日後は、決断の日ですよぉぉぉ~!」
四十九日とな? なんじゃそれは? 甲高いチハルの声が、その時のワシには―――ウザかった。
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