006 イケメン
水面に映るボクの顔が、お父ちゃんの姿になりました。段ボール箱の中で眠るボクの頭を、お父ちゃんが撫でています。
「ボクはここだよ!」
お父ちゃんに向かって、何度も何度も叫んだけれど、ボクの声は届きません。向こうのボクの頭をお父ちゃんが撫でると、トビちゃんが、代わりにボクの頭を撫でてくれました。
「お月さまはね、最後のお別れをしているの。サヨリさんの段ボールの中。毛布とプールとカリカリとちゅーる。あんなにいっぱい……雷電のプラモまで。あれは、サヨリさんへの贈り物よ。もうすぐ、ここに届くからね。楽しみに待ってようね」
トビちゃんが、優しくボクに言いました。お父ちゃんは、静かに段ボールのふたを閉じると、家から出て行きました。その後ろ姿が、なんだかフラフラしています。
ボクは悲しくなりました。ボクがしょげていると、ヤマトの十蔵がやってきました。トビちゃんに馴れ馴れしいから、ボクはこの人が嫌いです。
「その子が噂のサヨリちゃん?」
イケメン十蔵が言いました。挨拶もできない黒い子猫は、相も変わらず十蔵の肩の上です。
「そう、可愛いでしょ? サヨリさんです。四十九日の間、お預かりするって、お月さまと約束したの。そこから先はサヨリさん次第です」
え? 四十九日……チハルも、それ言ってた。
「そっか、そっか。この子は、恋人の猫なんだ。俺も、アイツと約束してたから……」
十蔵は、猫の頭に手を添えました。
「恋人さん、心配ですね。わたしたちは、大切な人との約束を果たしましょうね」
「そうだね、ありがとう。でも、アイツは強いから。俺より全然……強いから」
十蔵とトビちゃんは、イケメンと美少女です。だから、仲良し以上の感じがしました。それがとても嫌でした。そんなのお父ちゃんが可哀想です。お父ちゃんも、もうちょいイケメンだったらよかったのに……。
「初めまして、子猫ちゃん。お名前は?」
トビちゃんが十蔵に訊きました。
「チョコってんだ。黒いから、チョコレイトのチョコ。可愛いだろ?」
笑って、十蔵が答えます。
「ほんと、可愛いです。ねぇ、チョコちゃん。サヨリさんとも仲良くしてね」
チョコはボクに会釈をしました。極度の恥ずかしがり屋さんなのでしょうか? チョコは、ずっと黙ったままです。すると、トビちゃんが提案しました。
「あ、そうだ。折角だもの、ふたりでお散歩してきたら?」
「そうだね。それはいい」
トビちゃんの提案に、十蔵はニコニコ顔です……何がいい? ボクの隣にチョコを座らせて、トビちゃんと十蔵のふたりが微笑んでいます。なんですか? そのいい雰囲気は?
ふたりになりたいの? そういうことなの? ボクはお邪魔虫? ボクがムッとしていると、チョコが先に歩き始めて立ち止まり。ボクに向かって言いました。
「サヨっち、行くよっ!」
チョコは〝サヨっち〟のひと言で、一気にボクとの距離を縮めました。呆気にとられたボクは、トコトコとチョコの後ろをついて行きました。
「確認だけれど、チョコちゃん。キミは女の子だよね?」
ボクは確認しました。こういうのは最初に、ハッキリしておかないと。
「そんなの、どうでもいいでしょ? はっはーん……ウチに惚れた? あらいやだ、若い子はせっかちだから。ウチはね、十四まで生きたのよ。これからは、ウチに逆らわないでね。キジトラの坊やちゃん」
チョコはボクを、子どものようにあしらいました。
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