009 大往生
ボクの先達さんが人間だと知ったチョコは、ボクの前でひれ伏しました。その理由が、ボクにはさっぱり分かりません。
「サヨっ……いいえ、サヨリさま。大変なご無礼をお許しください。自分、不器用ですから……」
さっきまでの威勢は、どこへ行ったのでしょう……チョコがあたふたしています。その大変貌に、ボクの方が困ります。
「いや、チョコさん。サヨっちでいいと思うよ」
ブンブンと、チョコは首を横に振ります。
「滅相もないっすよ、サヨリさま。自分に〝さん〟付けなど不要です。チョコとお呼びください」
「じゃ……チョコちゃんで」
「自分は、サヨリさまと出会えて、光栄っす!」
言葉遣いまで別人です。
「サヨリさまは、猫又という言葉をご存知っすか?」
「それは、知ってるけど……それが何か?」
「昔から、猫は長生きすると猫又になる。そう、いわれているっす。猫の第二形態つーヤツっすね。その上位互換、スーパー猫又になると、オーラが金色に輝くっす」
「もしかして……チョコちゃんの飼い主さんって、アニヲタ?」
「筋トレヲタっす! 日々、バーベル上げて汗流してるっす。主食はもちろんプロテインっす、で。伝説では、さらに飼い主に溺愛された猫又のオーラは、ブルーに輝くと……」
絶対、アニヲタだ……。
「スーパー猫又レベルに達すると、人間の先達さんがお迎えに来るっす! ところでサヨリさまは、お幾つっすか?」
「にじゅう……くらいかな?」
「うわぁ~! いるんだぁ~、実際。後でサインもらってもいっすか?」
街中でアイドルを発見した女学生のように、チョコがぴょんぴょん跳ねています。ボクなんて、サヨっちでいいのに……。でも、ボクは友だちができてうれしいです。
「あらあら、可愛い猫ちゃんたちね。こんにちは」
おばあ……サチさんが、ボクとチョコの頭を撫でました。サチさんは、とても優しそうに見えました。だからボクは訊きました。
「地獄って、ホントにないの?」
サチさんは、笑って言いました。
「決まってるでしょ? あるわよ」
ボクは息を飲みました……。トビちゃんの雷電から見た、あの黒い穴はやっぱり……。
「サチさん……」
「あらら、どうして私の名前を知ってるの? もしかして、サチさんは有名人になったのかしらん? ここで長く旦那を待つのも悪くないわね、ふふふ」
「トビちゃんに教えてもらいました。旦那さんが困らないように、そのままの姿で待っているって。でも、心は女学生だって。ボクはステキな人だなって、思います」
少しだけ、サチさんはほっぺを赤くしました。
「そうね。ここでは、みんな若いから。じゃ、サチちゃんも若返ろうっかな、ふふふ」
パッと光って、サチさんは小さな女の子の姿になりました。女の子よりも幼女って感じです。
「「若っか!」」
ボクとチョコが同時に反応しました。チョコの目が光ります。
「サチ姉さん。自分、それやりたいっす!」
「後でね、黒い子猫ちゃん。でも、これじゃ若すぎたかしら……じゃ、戻ろうっと。地獄の話をするなら、元の姿がいいからね」
そう言って、サチさんは元の姿に戻りました。少しだけ若返って見せたのは、サチさんの優しさなのでしょう。幼いサチさんも、ステキです。
「じゃ、話をしようね―――地獄の」
サチさんの顔が、少し険しくなりました。
コメント