010 地獄
「地獄は辛いところよ。とても辛いところなの。それでも聞きたい?」
ボクとチョコに、サチさんが凄みます。チョコは怖くなったのか、ボクにピッタリとくっつきました。顔が……近い。ボクはサチさんに問いかけます。
「虹の橋から、ここへ来る道中で、大きな穴がありました。真っ暗で底が見えないほど、深い穴がありました」
すると、チョコが口を挟みます。
「自分も、ヤマトから見たっす! でっけぇー穴。見たっすよ!」
チョコは、怖いもの見たさが勝ったのでしょう。かなり興奮しているようでした。
「そうそう。あの穴が地獄の入り口ね。偶にね、大きな蜘蛛が巣を張って、地獄に糸を垂らしてるわ。芥川龍之介って、きっと、人生二度目だったのね。糸に沢山の人がぶら下がっていてね、いつもプツンと糸を切るのよ。あれは、何度見ても悲惨だわねぇ」
龍之介という人は知らないけれど、やっぱりあの穴が地獄なのか……ボクは暗闇の中が気になります。
「中はどうなっているの?」
「ごめんね、知らないの」
「「えーーー」」
「でもね、私。知ってる人が落ちる光景を何度も見たの。でも、知り合いってわけじゃないのよ。テレビで演説しているような、偉い人が大勢いたわ。あの人たちは、何をしたんだろうね? 噂ではね、総人口の一割がそこへ……最上級の地獄に落とされるって噂よ。ある意味で、エリートね。私は御免だけど―――」
人間の事情は分かりません。きっと、余程のことをしなければ、あそこへ行けない気がしました。でもきっと、人間界では強者だったのでしょう。弱き者には、そこまでのことはできません。
「でも、サチさん。最上級の地獄は『無』になるんですよね?」
「自分も、聞いたっす。そうだって」
「黒猫ちゃんも、そう思ってるのね」
「あ、失礼しました。自分、チョコっていいます。こちらのお方は、伝説のスーパー猫又のサヨリさま〝ブルー〟っす」
さっき出会ったばかりなのに、チョコは自慢げにボクをサチさんに紹介しました……なんだか背中がくすぐったいです。
「あら、凄いのね。そんな子は、初めてよ。あ、そうそう。『無』になるのは、最高の天国だから」
「「嘘だぁー」」
「ふたりとも、息ぴったりね」
ボクとチョコは気が合うようです。
「だって。一切の心配や悩みから解き放たれた状態が『無』だから。宇宙と一体化した状態とも言えるわね。でも、それは境地だから。凡人にはなれないわ。お釈迦さまとか、キリストさまの領域ね。だって、私。何度生まれ変わったって、旦那だけが好きだから。旦那を忘れることなんて、私にはできないわ。絶対的存在なの、ふふふ……」
その時のサチさんの笑顔。それがボクには、天女のように見えました。
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