今日もサヨリは元気です(笑)”013 蛍火”

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013 蛍火

 ボクがここへ来て、初めての夜が訪れました。電気も街灯も何もないので、明かりはチラホラ見えるき火だけです。それにも増して、空に散らばる星々の輝きだけで、うっすらとトビちゃんの横顔が見えました。

「ねぇ、トビちゃん。お星さまが動いてる。流れ星にしては動きが変みたい……」

 宙を舞う小さな光が、何かの意思を持っているように飛んでいます。それがボクには不思議でした。

「サヨリさん、ここにはお月さまもお星さまもないの。あれはお星さまではなくて、蛍火ほたるよ。わたしたちの心が光りになって飛んでいるの。サヨリさんの光だって、あのどこかで飛んでいるわ。明るいでしょ? その輝きは、待つ人への想いなの。だからとても、明るいの」

 ボクが空に向かって前足を伸ばすと、ひとつの光がボクの肉球にとまりました。よく見ると虫でした。

「蛍火はね。名前のとおり、蛍の姿をしているわ。ほら、あそこ。沢山の蛍火が集まっている場所があるでしょ? あれは迎火むかえびといってね、ここにいられなくなった人が、天昇する知らせなの。数日のうちに天に召されるわ。転生の選択肢もあるけど、愛する人を諦めて転生を望む人は少ないわ。だって、好きな人だもの。ずっと天国から見守るの」

「天国からも見えるの?」

「見えるわよ。ほら、あの人も」

 トビちゃんの指さす方に、沢山の蛍火が集まっています。それは、寂しさと、悲しさとが入り交じったような、でも、赤くて優しい寂光じゃっこうでした。

「あの人も天昇する?」

「そう。あの人は天に帰るのよ。待っている人に、新たな恋が始まったのね。それは幸せなことなのよ。わたしに蛍火が集まれば、それはお月さまに……大切な人が現れた証だもの。わたしの願いはお月さまの幸せだから。だから……いいの」

「そんなこと……」

 ボクは悲しくなりました。

「悲しいのはね、好きな人に忘れられること。それでも蛍火は集まるの。赤い光なら新たな出会い。青い光なら……」

 トビちゃんは、口を閉ざしてしまいました。トビちゃんから、瞳の輝きが消えました。ボクはトビちゃんを勇気づけるように言いました。

「お父ちゃんは、そんな人じゃないから。トビちゃんを忘れることなんてしないから。それはボクが保証するから」

「うん。ありがとう……」

 にっこり笑って、トビちゃんがうなずいてくれました。ボクは、お父ちゃんとの最後の散歩を思い出しました。そうそう、あれあれ。お父ちゃんの自慢、自慢―――ボクはトビちゃんの前で、姿勢を正して座ります。

「これから、お父ちゃんの話をするね。トビちゃんの知らない、お父ちゃんが中学時代のお話だよ。若い頃のお父ちゃんはマウンテンバイクに乗っていてね、ボクをリュックに入れて、海とか山とか……いろんな所へ連れていってくれたんだ」

「わぁ~、聞きたい、聞きたい」

 トビちゃんの瞳に光が戻りました。両手を叩いて喜んでいます。トビちゃんも姿勢を正して、話の続きを待っています。すごく見つめられたので、ボクはちょっぴり緊張しました。

「えっと、中学生のお父ちゃんはね。ボクをリュックの中に入れて、マウンテンバイクで山を登るのが好きだったの。山に登ってお弁当を食べて、ボクも一緒にカリカリを食べて……」

「それから、それから?」

 トビちゃんちゃんは、長いまつげを羽ばたかせて、ボクに向かって前のめりです。

「でね、マウンテンバイクでギュイーンと山から下りると、リュックがブンブンって揺れてね。それがとても面白かった。それでね……」

「すごい、すごい!」

 トビちゃんの笑顔がうれしくて、夜が明けるまで、ボクはお父ちゃんの想い出を語りました。蛍火に照らされたトビちゃんの瞳は、お星さまのようにキラキラでした。トビちゃんがお父ちゃんを守りたいように、ボクはトビちゃんを守ります。

 その夜。別の場所にも蛍火が、徐々に集まっていました。話に夢中だったボクたちは、それに気づきませんでした。

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