015 心ちゃん
今日はボクの初七日だそうです。ボクが死んでからというもの、お父ちゃんは、一心不乱に何かを書いていて、あまりご飯を食べてません。だからお父ちゃんは、痩せ細ってしまいました。
「食べて……誰か……助けて」
不安げにトビちゃんが言いました。目がくぼみ、ほっぺも痩せこけたお父ちゃんを見つめています。お父ちゃんは、ボクのお骨の前に線香を立てると、ボクの写真を見つめています。
「おい、サヨリ。トビちゃんに逢えたかい?」
「逢えたよ、トビちゃんと一緒だよ」
ボクの声は届きません。
ボクのお骨の前に座ると、お父ちゃんは手紙を広げました。ボクは知っています。その手紙はトビちゃんからの恋文なのを。すると、お客さんがやってきました。肩まで伸びた黒い髪をくるりんぱヘアで、白くて大きな前歯が印象的な、子ウサギ顔の女の人です。
「「心ちゃんだ!」」
ボクとトビちゃんが叫びました。心ちゃんはトビちゃんの親友で、トビちゃんの訃報をお父ちゃんに知らせた人です。お父ちゃんの家から、車で二時間くらいの町に住んでいて、お父ちゃんに月に一度くらい、本とかお菓子を持ってきてくれます。
お父ちゃんは、トビちゃんの住所を知りません。でも、トビちゃんはお父ちゃんの住所を知っています。トビちゃんが残したメモに、幾つかの言葉とお父ちゃんの住所が書き残されていたそうです。ひと目だけ、親友の想い人と会ってみたい……心ちゃんは、その気持ちが抑えられなくて、お父ちゃんの家を訪ねたのが始まりです。
「トビちゃんの想い人とは、君なのか? そして、この子がサヨリちゃん? 僕はずっと……君たちに会いたかったのだ。覚えているかい?」
「あ、トビちゃんの……」
「そうだ。僕が心だ!」
二日月のように目を細めて、心ちゃんはボクを抱き上げました。そして、ボクのお腹に顔を押し当てました。突然の奇行に、お父ちゃんは慌てました。でも、ボクは知っています。ボクのお腹は、心ちゃんの涙で濡れていました……。
それからです。いつだって、会うとボクを抱き上げて、ボクのお腹に顔を押しつけて、クンクンと匂いを嗅いで「ぐふぅ―――今日もバニラの香りがするぅぅぅ!」っと叫ぶのです。その奇行はいつだって、涙を隠すフェイクでした。
「やっぱなぁ―――君。ご飯食べてないんだろ? 僕の手料理を振る舞おうか? 料理には自信があるんだ……それとも、おっぱいでも揉むかい?」
心ちゃんのおっぱいパンチに、トビちゃんが固まりました。でもそれは、いつもの挨拶のようなものでした。
心ちゃんは気さくな人で、お父ちゃんにグイグイ話しかける人なのです。少しだけ、中二の病も持っています。
「おっぱいは、大切に扱えよな。心ちゃんは、励まし方が過激なんだよ」
お父ちゃんが被せるように、低い声で言いました。
「冗談だよ。でも僕だけさ、君を救える存在は。今日は、君のお姫さまから手紙を預かってきたんだ。ホントはさ、もう一通の手紙を渡したかったんだけども。こっちを先に渡すことになろうとは……な」
「もう一通って?」
「決まってるじゃないか。君が小説を書き上げた時に、君に渡す手紙だよ」
「そんなのあんの?」
お父ちゃんは驚いた顔で、心ちゃんを見つめます。
「あんの、あんの。ぐふぅ~」
心ちゃんは笑っています。
「そそそそ、それ。お月さまに言う?」
刹那に叫んだトビちゃんが、顔を真っ赤に染めました。そんなことなど露知らず。心ちゃんは、少し真顔になりました。
「ブログばっか書いてないで、そろそろ小説を書いてみないか? 僕だって、読んでみたいしさ。僕の好きな異世界モノとか書いてみない? 僕だって楽しみなんだ。死者の想いは何よりも重い……一作でいいんだ。トビちゃんの気持ちを汲んでくれないか?」
「……」
「あー。イライラするなぁ、このへたれ。僕のズッ友、泣かすなよ。それとも、トビちゃんなんか忘れて、新しい出会いでも求めてみるかい? なんなら、僕の友人たちを紹介するよ? 彼女たちの属性は、かまってちゃんだ!」
心ちゃんの言葉に、ボクはギョッとしました。トビちゃんが泣きそうです……。
「ほう……その方々は、どこにお住まいで?」
「決まってるじゃないか、ネットの向こうさ!」
「だろうな。お前は、お前の世界へ帰れ!」
お父ちゃん、よく言った!
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