016 小説
今日、心ちゃんが訪問した目的は、ボクにだって分かります。トビちゃんからの手紙を渡すこと。お父ちゃんを元気づけること。そして最も重要なのは、お父ちゃんに食事を取らせること。本丸に見えても、そうじゃない。小説のことは二の次だってことも……。
「だったらさ。早く召喚しろよ、トビちゃんへの小説を。君ならできるさ。君はね、僕のトビちゃんが見つけた才能なんだよ。言い換えるのなら王子さま。姫に選ばれし者とは、君なのだ!」
「ふふふふ……俺に才能だって? その上、王子さまとは大げさな……」
お父ちゃんは、ニヒルな笑みを浮かべます。心ちゃんは、小さなため息をつきました。
「まっ、いっか。これ、トビちゃんからの手紙だから。それと、君からの朗報。僕は首を長くして待ってるよ。僕はそろそろ、僕の世界へ帰還するよ。その前に、サヨリちゃんを拝ませてはもらえないだろうか?」
「あ、ありがとうございます。こちらへどうぞ……」
ボクのお骨に手を合わせると、心ちゃんは帰りました。心ちゃんはいつだって、疾風のように現れて、疾風のように去る人です。
心ちゃんから受け取った手紙を、お父ちゃんが読み始めると、トビちゃんは俯いてしまいました。トビちゃんは、手紙に何を書いていたのでしょう……トビちゃんの白い顔が耳まで真っ赤になりました。
「心ちゃんは、トビちゃんの親友なんでしょ?」
俯いたトビちゃんに、ボクは訊きました。
「そう、小学の頃からの大親友。わたしが入院していた時にね、心ちゃんも入院したの。心ちゃんは、スポーツ少年団のバレーボールの選手でね。レシーブの練習中に足を骨折しちゃったの」
「それは、痛そう……」
「そうね。心ちゃんも痛いって言ってたわ。でね、わたしが病院のロビーで本を読んでいたら、心ちゃんが話しかけてくれたの。『暇じゃー』ってね。でね、『その本、面白い?』ってね。わたし、そんなストレートな人に会ったことないから、びっくりしちゃった」
「それ、今のまんまですよ」
「そうね、今のままね。でも、それが嬉しかったの。パパもママも、みんな、みんな。わたしに気を遣っていたから……わたしは入退院の繰り返しだったけど、屈託のない心ちゃんのお見舞いが楽しみで、楽しみで。わたしたちは親友で……」
トビちゃんの口が、しばらく止まりました。手紙を読む、お父ちゃんを見つめています。
「だから……心ちゃんにお願いしたの。わたしが死んだら、お月さまにお手紙を渡してほしいって……お月さまを頼みますって。わたしはね、心ちゃんに甘えちゃったの……」
「甘えても、いいじゃない? 心ちゃんは、親友でしょ?」
ゆっくりとトビちゃんが、首を横に振りました。
「わたしの死期は近くって。わたしは、お月さまが大好きで。わたしは、それを伝えられなくて。心ちゃんを巻き込んじゃって。それでも心ちゃんは、最後までわたしを支えてくれて。それは、わたしが死んだ後も続いていて……」
辛そうな顔のトビちゃんに、ボクは言いました。
「そんなの当然でしょ? 心ちゃんはトビちゃん親友だもの。ほら、心ちゃんが渡した手紙。その成果が発揮されそうだよ。ほら、見てよ。見て、見てよ」
手紙を読み終えたお父ちゃんは、服を着替えて家を出ました。その行き先はココイチのカレー屋です。
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