019 サヨ・チョコ探検隊
ここへ来てから十日目の早朝。チョコがボクのところへ遊びに来ました。
「サヨリ兄さん。自分とデート、いいっすか?」
「え? サヨリさんとチョコちゃんって―――短いうちに、そんなことになっていたんですか?」
トビちゃんが、大きな瞳を見開いて、ボクとチョコを交互に見ます。
「なってません!」
その場でボクは、完全否定です。
「サヨリ兄さん。自分、ずっと気になってることがあるっすよ」
「どうしたの?」
「広いじゃないっすか? 天国の待合所って。どこまで広いのか? それ、気にならないっすか?」
「あ、確かに。でも、十蔵さんのヤマトで飛べばいいじゃない? ボクはトビちゃんの雷電に乗って、あちこち案内してもらっているよ」
「そうっすね……そうっすけれども、自分。自分の目線で見たいっす! サヨリ兄さんは、自分の足で歩いてみたくはないっすか?」
「それなぁ……」
チョコの考えも一理あります。まだ見ぬ世界に少しだけ、ボクは興味を抱きました。
「つーことで、今日は探検したいと思うっす。サヨリ兄さん、ご同行───いいっすね?」
でもボクは、トビちゃんを守ると決めたのです。困ったボクは、トビちゃんを見上げました。
「行ってらっしゃいな、サヨリさん。チョコちゃんだって、女の子よ。ひとりじゃ心細いもの。ねぇ、チョコちゃん。そうでしょ? お月さまは、わたしが見てるから。ちゃんとご飯も食べてるから安心よ。そうでしょ? サヨリさん」
チョコが尻尾をブンブンと振っています。
「トビ姉さん、グッショブっす!」
感謝の意を込めて、チョコがトビちゃんの足に頬ずりしました。ゴロゴロと鳴る喉の音が、三割増しで聞こえました。
「でも、どっちへ行く?」
ここには地図すらないのですから、出掛けるにしても困ります。
「サヨリ兄さん。そこは、自分にお任せください。昨夜一晩、考えに考え抜いた策があるっす。あれっすよ!」
策士チョコが、木の下に落ちていた枯れ枝を拾ってきました。
「どうするの?」
「こうからの、こうっす」
チョコは念ずるように、枯れ枝を真っすぐに立てました。そして、サッと前足を枝から離します。
「あっちっす!」
チョコは倒れた枝の先が示す方角へ向かって、ピーンと前足を伸ばします。それはもう、してやったりの顔でした。
「ノープランじゃないか!」
チョコの行き当たりばったりに、ボクは呆れてしまいます。でも、好奇心には勝てません。ボクたちは、枝の倒れた方角へ向かって歩き始めました。
「ふたりとも、日暮れには帰ってきてね。暗くなると心配だから」
「「はーい!」」
「わたしは、今日のお楽しみ!」
そう言ってトビちゃんは、木陰に座るとスマホを開いて読書です。これからお父ちゃんの最新記事を読むのでしょう。それは、トビちゃんが生きていた時からの日課です。
ブログはスマホがなくても、頭の中で思い描けば読めるそうです。だったら、わざわざ……。ボクにはそれが不思議だったけど、病室の中で記事を読み続けたトビちゃんは「こっちがいいの。雰囲気あるから」と言いました。
「湖の水面でお父ちゃんを見ればいいのに」
「そうね。そうしたいけど……ずっと誰かに見られるのは、お月さまだって嫌だと思うの。サヨリさんも、そうでしょ?」
ずっとボクは、お父ちゃんを見ていたいのに。でもそれが、プライベイトと呼ばれる人間の概念なのでしょう。やっぱり人間は、ややこしい生き物です……。
黄色い瞳を煌めかせ、黒い尾をピーンと立てて、チョコは楽しげに歩いています。ここへ来てから、こんなに遠くへ出掛けるのは初めてだけど、どこまでも続く、広い野原を歩いていると、なんだかボクも楽しくなって、ボクの尻尾が天に向かって立ちました。
「サヨリ兄さん、時間は待ってくれないっす。スピードを上げましょう!」
チョコが一気に駆け出しました。いつの間にやらボクたちは、つむじ風のように走っていました。死んだボクらは魂だけの存在です。息も切れず、足も痛まず、ご飯も水も必要ない。だから、全力疾走を続けられる。
だったら、行けるところまで走ってみよう。疾走するボクらの頭上を、八頭のトナカイが追い越しました。トナカイが引くソリには、サンタクロースのおじいさんが乗っています───ボクは去年のクリスマスを思い出して、チョコの前を走りました。チョコに顔を見られたくないからです。
木が密集した所で、ボクらはスピードを落として、ゆっくりと歩きました。見かけは全然同じだけれど、ボクらの集落とはまるで雰囲気が違います。
「うぁ~!!!! サヨリ兄さん、山が動いているみたいっすね!」
ゆっくりとボクらの前をラクダが横切りました。ラクダの上に人が乗っています。この集落の人たちは、お父ちゃんやトビちゃんと違う風貌です。
たぶん、外国で人生を過ごした人たちなのでしょう。もしかしたら、同じ文化の人たちが、自然と集まっているのかもしれません。だって、空に大きな絨毯や魔法のランプが飛んでいます。それがとても珍しくて、木の集落を見つけては探検して回りました。空を飛んでいる物体だって、集落、集落で違います。
動物だって、トラ、ライオン、ペンギン、カンガルーなど多彩です。夢中になってボクたちは、半日を探検して過ごしました。
「もう、お昼だよ。引き返そう」
「サヨリ兄さん、あのワンコ……」
チョコが木の根元を見つめています。
コメント
サヨ・チョコ探検隊が可愛いすぎっすね!
ありがとうございます(笑)