025 ウエディング
ボクがここへ来てから三十五日目の午後。それは幸せに満ちた午後でした。
「サヨリ兄さん。サチさんちへ行きましょう!」
「うん、そうしよう」
ボクとチョコは、サチさんの所へ遊びに行きました。サチさんのお話が楽しくて。これまでも、ちょこちょこ遊びに行っていたのです。でも、今日のサチさんは忙しそうです。
「やっぱり、だめねぇ~……」
サチさんは、おばあさんからお姉さんの姿になっています。湖の水面に身を映しては、とても悩んでいるふうに見えました。制服やドレスや水着……ころころと衣装もチェンジしています。
「サヨリ兄さん、サチさんがマブいっす! ガチマブっすね?」
「マブい?」
「いい女って意味っすよ。でも、どうして急に……イメチェンっすかね?」
ボクたちの姿を見つけたサチさんが、両手を振って、おいでおいでをしています。ボクたちは、サチさんの所へ駆け寄りました。
「いいところへ来てくれたわ、おチビちゃんたち。この服、どうかしら?」
サチさんは、セーラー服姿の少女になりました。右手に持ったヨーヨーは、サチさんの趣味でしょうか?
「サチさん。それ、いいっすね。強そうっす!」
チョコが言うと
「あら、もっと可愛らしい方がよさそうね」
サチさんが次の姿に変わります。
「それは、子どもすぎじゃないっすか? ランドセルって、ロリコンっすよ」
すかさず、チョコがツッコみます。
「それもそうだわね……」
ボクは不思議に思えたので、サチさんに訊きました。
「どうしたの? サチさん」
「これから、旦那を迎えに行くの。おばあちゃんの姿でお迎えしようと思っていたけど、なんだか欲が出ちゃってね。旦那好みの姿で会いたいなって……あら、嫌だ……恥ずかしいねぇ」
頬を赤らめてにっこりと、サチさんが微笑みました。それは、ボクがここへ来てから一番の微笑みです。
「それ。黙ってるなんて、ずるくないっすか?」
「そうだよ、サチさん!」
ボクらの言葉も上の空で、クネクネと腰をくねらせて、サチさんがはにかんでいます。チョコがボクに耳打ちしました。
「サヨリ兄さん。今のサチさんは乙女っすから、全部ウンが正解っす! 分かったっすね?」
「分かった───ウン! だね?」
「そっす!」
ボクは思います。サチさんがお迎えに行くということは……もう、サチさんとは会えません。だってここは、天国の待合所なのだから。ボクはサチさんに訊きました。これは、大切なことなのです。
「サチさんとは、これでお別れなの?」
「あら嫌だ、そうなるかしら……そうなるわねぇ」
「サチさん……おめでとうございます。自分も、うれしいっす」
その言葉とは裏腹に、チョコが寂しげな顔になりました。十蔵が天国へ行ってから、元気そうにしていたけれど、やっぱり親しい人との別れが辛いのでしょう。
「そうなるわね。ふたりと出会えて楽しかったわ」
「チョコはサチさんと、もっとお話がしたかったっす」
「ありがとね、私もよ。最後だから、協力してねぇ」
「「はい!」」
ボクらはサチさんの姿が変わる度に、それぞれの感想を言いました。サチさんが決めたのは、純白のウエディングドレス。結婚式の日の姿です。
「うわぁー。サチさん、キレイ……」
ボクらを探して通りかかったトビちゃんが、サチさんのウエディングドレス姿に声をあげました。トビちゃんはサチさんの所に駆け寄ると、編み下ろした髪の先からブライダルシューズの先まで、食いつくようにサチさんを見ています。
「トビちゃん。そんなに見られると照れるじゃないのぉ~。ドレスに穴が空いちゃうわ」
「だって、サチさん。キレイなんだもん。旦那さまが天に召されるのね……これから、寂しくなりますね」
「トビちゃんにも世話になったわね。ありがとね」
サチさんが、満面の笑みを浮かべてトビちゃんの両手を握りました。
「お月さまと、逢えたらいいわね」
「はい。でも、ずっと先の話です。お月さまには、長生きしてほしいから……」
笑いながらもトビちゃんは、そっと目を伏せました。
「そろそろ時間だね。私を見た旦那が、惚れ直してくれたらうれしいけどね……」
旦那さんとの再会に、サチさんが不安げです。
「そんなの惚れ直しちゃうに決まってますよ」
「「そうだ、そうだ!」」
「そうだ! ちょっとだけ待ってください」
そう言ってトビちゃんが、テテテと花畑に駆け寄ると、何かを作ってダッシュで戻ってきました。
「じっとしていて、くださいよぉ」
トビちゃんがサチさんの頭に、小さな白い花で編んだ花冠を乗せました。
「「うわぁ~、サチさんキレイ」」
純白の花冠が、サチさん黒髪を引き立てます。その美しさにボクらは見惚れてしまいました。花冠を指先で確認すると、サチさんの顔から笑みがこぼれます。
「ねぇ、トビちゃん。これ、カスミソウ?」
「はい。花言葉は感謝です!」
トビちゃんは目を細めます。
「旦那も喜ぶよ、ありがとう。よし、これでお別れね。達者で暮らすんだよ、おチビちゃんたちもね」
「「はい!」」
サチさんの体がふわりと宙に浮きました。幸福への旅立ちです。スーッと上空へ舞い上がったサチさんは、ボクたちに向かって手を振ると、空の彼方へ消えました。うっすらと、サチさんが飛んだ軌跡に光の帯が残っています。その煌めきが消えるまで、ボクらは空を眺めました。
サチさんが残した光の帯。ボクはちょっぴり想像しました。お父ちゃんに向かって飛び立つ、トビちゃんの雷電の姿です。
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