026 求愛
ボクがここへ来てから四十日目の夕暮れ。湖の水面からお父ちゃんを眺めていると、ちょんちょんと、チョコがボクの背中をつつきます。
「どうしたの?」
「サヨリ兄さん、折り入っての相談があるっす」
チョコらしくもない深刻な目の色に、ボクたちは夕方の散歩へ出掛けました。チョコは十蔵が住んでいた木の跡にちょこんと座ったので、ボクも隣に座りました。
「サヨリ兄さん。自分、転生しようって思うっす。兄さんは、身の振り方を決めたっすか?」
「まだ……だけど?」
ボクは、未来を決めかねていました。トビちゃんとお父ちゃんとの狭間で、そう簡単に決められません。ここへ来て、トビちゃんとの暮らしは満足です。ずっと、トビちゃんと暮らしたい気持ちも強いです。でも……。
ボクには、ボクだけの役目があるような。そんな予感がしてなりません。でも、それがボクには分かりません……。決断したチョコは、ボクよりも偉いなと思いました。
「自分、転生しようと思うっす」
ボクはチョコの顔を見ました。
「どうして、二度言う?」
「自分、サチさんに憧れたっす。ステキな彼ピと暮らしてみたいっす」
うん、あれには憧れた。
「それはいいことだと思うよ。チョコならきっと、ステキな彼氏が見つかるよ。引く手あまたのチョコの来世が見えるようだね」
ボクの言葉に、チョコの顔が曇りました。
「そりゃ~、どうだろう~?」
しばらの沈黙の後、チョコは意を決したように言いました。
「自分、サヨリ兄さんと暮らしたいっす」
「一緒に暮らしてるじゃん?」
違う違う、ブンブンと、チョコは首を横に振りました。
「自分じゃ、ダメっすか? サヨリ兄さん!」
「あ?」
チョコの顔が近いです。
「黒猫だから? 兄さん好みの毛皮に着替えて、兄さん好みの目の色に変えて……転生ってことで―――了解っすね? だって自分、ここに残る選択肢がないっすから……」
チョコは、真顔で結論付けます。
「そういうわけじゃないけど。そもそもボクなんて、そんないいものじゃないし」
「―――了解っす、ね!」
チョコは、一気にゴールを目指します。
「自分の気持ちはひとつっす!」
「そういうのは、よーく考えた方がいいと思う。転生したらリセットだから。ボクなんかよりもステキな猫と出会えるよ」
ボクの回答に、チョコは一切の手を緩めません。
「サヨリ兄さん、ずぎぃぃぃ―――」
そう言うと、チョコがボクに抱きつきました。まだ先を決めてないボクは、ほとほと返事に困りました。
「あらら、今日も仲良しね。ふふふ―――」
ボクらの横を、トビちゃんが通り過ぎていきました。ずっと、この暮らしが続けばいいのに……ボクたちの別れの日は、すぐそこまで来ています。
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