028 告白
お父ちゃんはショックだったのでしょう。お仏壇を見つめて言葉を失くしてしまいました。ヨネさんは、優しい声で真実を語り始めました。
「私、便利屋さんに謝らなければいけないの。私……息子が死んでから。便利屋さんのブログを読んでいたのよ。ずっと長い間、私……便利屋さんの隠れファンだったの」
「それは、どういう意味ですか?」
「私の息子は……ブロガーの遊人は。便利屋さんをライバル視していたからよ。知らなかったでしょ?」
にっこりと、ヨネさんが微笑みました。
「ライバル? とんでもないです。彼は僕のブログ仲間です。高卒の僕なんて、有名大学の彼の足元にも及びません……」
「そうね。表向きには、そうだったかもしれないわ。でもね、流行も廃りも無関係に、飄々と文章を書く便利屋さんに、息子は憧れていたのよ。『あの人の域に達してみたい』これが、あの子の口癖だった。あなたこそ『言葉で遊ぶ人』だってね……」
「それは、買いかぶりもいいところです。あんなの誰でにも書けますよ」
お父ちゃんの言葉に、ヨネさんの眼差しが真剣になりました。
「書けないわ。こう見えても独身時代、私は出版業界で働いていたのよ。だから分かる。あなたの文章は、それだけの力があるの。それを、自分で気づいていないだけ。息子の目標が目の前にいるのに言えなくて、それがもどかしくて、苦しくて……」
「そう仰っても、大勢の人に読まれるような、人気ブログでもありませんから……まぁ、僕のブログなんて……大したことないです。ただの無学の駄文です」
「息子を否定するようなことを言わないで!」
いつも穏やかなヨネさんが、語尾を強めました。
「私の息子は、あなたを目指して、夢半ばで死んだのよ。息子の夢は……小説家だったの。だから、息子はあなたに溺れたの……水のような、雲のような、どんなカタチも厭わない……あんなに自由な文章が書ければいいなぁ……って。息子はね、死ぬ前日まで言っていたわ」
「ご病気だったんですか?」
ヨネさんは、目を伏せました。
「震災よ。息子の大学は被災地にあってね……突然だったの。元々はね、便利屋さんのブログに残された、息子のコメントを読んでいたの。息子が楽しそうに書いているから、それを読むのがうれしくて……そうしてるうちに、新しい記事にも、息子からコメントがあるかも? ってね。そんなことまで思っちゃって……バカでしょ?」
「そんなこと……」
「私ね。毎日、便利屋さんのブログを読み始めて───それが、私の楽しみになっちゃった……便利屋さんのブログのファンが、こんなおばあさんでごめんなさいねぇ~」
「い、いえ……」
「毎日ブログを読んでいて、ふと思ったの。もしかして、近所に住んでいるかも……ってね。プロフから同県民なのは分かるわよ。でも、こんなに近くにいたなんて。一度だけ、ブログに便利屋さんの社名を書いたことがあったでしょ?」
「あ……はい」
「私の家の目と鼻の先でびっくりしちゃった。そして見たの……」
「何をですか?」
「スーパーの前で、サヨリちゃんを抱っこして歩いているあなたの姿を。ほら、ジャンパーに社名があるじゃない。それとキジトラの猫ちゃん。絶対そうだと思ったの。だから、お仕事を依頼したの。なんの依頼だったか覚えてるかしら?」
「えぇ、まぁ……」
お父ちゃんは、真相をぼかすような返事をしました。
「そう。できなかった息子の遺品整理。私も、変わろうと思ったのね。ねぇ、便利屋さん。あなた……小説、書いてみない? 息子の代わりに、息子の夢を叶えてくれない?」
お父ちゃんは、苦笑いするばかりです。お父ちゃんは、空を見上げて言いました。
「……努力します」
「それと、トビちゃんのためにも……ねっ」
お父ちゃんは驚いたように、ヨネさんの顔を見つめました。雨が雪に変わりました。
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