今日もサヨリは元気です(笑)”029 手紙”

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029 手紙

 ヨネさんの口から出た『トビちゃん』の響きに、トビちゃんがボクをギュッと抱きしめました。ヨネさんはトビちゃんと同じくらい、お父ちゃんのブログを熟知しているようです。

「私はね、毎日ブログを読んできたの。だから、それくらい理解しているわ。あなたがブログに書いている友人。必ず記事にコメントを書いていたトビちゃんね。立ち入ったことを訊いてもいいかしら? トビちゃんとは、お付き合いなさっていたの?」

「いいえ。書き手と読み手の関係です。顔を見たこともありません」

「それにしたって……トビちゃんだって、あなたの幸せを願っているわ。あなたは、まだまだ若いんだし……便利屋さんなら、ステキな恋だって……私はね、そう思うの」

 冷えた両手を缶コーヒーで温めながら、お父ちゃんが言いました。

「トビちゃんから、直筆の手紙がありました。とても下手な文字でした。手紙の最初にこの一文がありました。『手術の後遺症で、文字が下手でごめんなさい』僕は、僕のこれまでを、深く反省しました……どんな気持ちで、この手紙を書いたのだろう。彼女にとって、どれだけの勇気が必要だったか……。心から。心の底から、僕は猛省しました。僕のブログを読む間だけでも、彼女が楽しめるように。そして、少しでも病気のことを忘れられるように……その日から、それだけを考えて記事を書き続けました。彼女の楽しみが僕のブログであるのなら、全力で記事を書こう……そう思いました」

「そうだったの……でもそれは、便利屋さんのせいじゃないでしょ?」

 お父ちゃんは俯いて、首を横に振りました。

「ネットの世界は騙し合いです。僕は彼女を……心の何処かで疑っていたんです。彼女の気持ちを、僕は曲がって捉えていました。とてもいやしい人間です。彼女からの手紙を読んでからというもの……後悔と自己糾弾の日々でした。彼女と文字を交わすうちに、僕は心を惹かれてゆきました。彼女からのメールが届く度に、どれだけ幸せを感じていたか……でも僕は、その気持ちを伝えられませんでした。彼女の気持ちを知ったのも、彼女からの手紙でした」

「その時の?」

「いいえ。彼女が他界した後……ある人が届けてくれた手紙です。『月が綺麗ですね』と書かれていました……その月を、ずっと彼女と眺めていたかった……」

 庭に降る雪が、うっすらと積もりました。ボクにはそれが、お庭を癒す包帯のように見えました。

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