030 決断
ヨネさんが、小さなため息をつきました。
「私はね、便利屋さんが心配なの。あなたと息子が重なるの。余計なお節介なのは承知しているのよ。でも……放っておけないの。これも親心って、いうのかしら」
「……いえ」
「だって、便利屋さん。笑わないでしょ?」
「笑ってますよ、ほら」
お父ちゃんは、ニーっと口を開いてヨネさんに笑って見せました。ヨネさんは首を横に振りました。
「そうね……お客さんに向かってはね。でもそれ以外、いつも無表情なのが気になるの……どんなに辛くても、どんなに苦しくても、あなたには未来があるのよ。幸せになる権利があるの───ほら、雪ね。雪の白さは大地を癒す包帯のように見えるわね。あなたの心にも、あなたを癒す包帯が必要よ。いつも、あなたに寄り添って。サヨリちゃんが、その役目を果たしてくれていたのね。だから……」
「そうかも……しれませんね」
そう言ったきり、お父ちゃんは黙り込んでしまいました。ヨネさんは、お父ちゃんの言葉を待っています。缶コーヒーを開けて、ひと口飲んで、お父ちゃんは、真っ白なため息を吐きました……そして、重い口を開きました。
「心の傷を笑いに変えて、ブログを書くような人間が、いつも笑っていられると……思いますか?」
舞い散る雪を手のひらで受けながら、お父ちゃんが言いました。目にハンカチを当てたヨネさんは、何も言えなくなりました。
「では、作業を終わらせますね。雪が積もったら大変ですから。その後で……十年ぶりに、遊人さんとお話をしたいのですが……ヨネさん、よろしいでしょうか?」
ヨネさんに背を向けて、作業を再開したお父ちゃんの目には、大粒の涙が光っていました。トビちゃんが、ボクをギュッと抱きしめました。
「ごめんなさい。お月さま……」
トビちゃんは、嘘つきです。
ボクが天国の待合所に来た日。トビちゃんは言いました。ここは、朝も昼も夜だって。いつもぽかぽかで、雨が降ることもありません。そう、トビちゃんは言ったのに……。
大きな雨粒が、ボクのおでこに当たりました。それは、トビちゃんの瞳から溢れ出た、透明で純粋でキラキラした、とても綺麗な雨でした。トビちゃんが、初めてボクに涙を見せました。でもきっと、ボクに隠れてトビちゃんは、毎日のように涙の雨を降らせていたのでしょう……。
───お父ちゃんも、トビちゃんも、誰も悪くない。だから!
ボクは心を決めました。お父ちゃんの所へ帰ります。お父ちゃんとトビちゃんに、ずっと笑ってほしいから。ボクが神様の気まぐれを───ボクが奇跡を起こします。ボクは心に誓いました。
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