033 転生
生まれてすぐ、ボクは捨てられました。どうやって生きてこれたのかも分かりません。本能のままに仲間を真似て、虫や魚や草を食べました。人間には近づきません。沢山の不幸を見てきたからです。幸せになった仲間もいたけれど、その数は少なくて、やっぱり人間は信用できません。人間は悪魔と同じで、いつも笑顔でやってきます。
夜になると、ボクはお月さまを眺めて過ごします。そうしていると、懐かしい気持ちになるからです。ボクは同じ夢をよく見ます。お月さまへ向かって羽ばたく白い鳥の夢です。そして、ボクは思うのです。
───ボクには、なすべきことがあるような……。
ボクが生まれてから二度目の夏。ボクの前にふわふわと、小さな光が飛んでいました。たぶん、蛍だと思います。ボクはそれを追いかけました。そうしなければダメな気がしたからです。何日も光の後を追いかけて、船に乗ったり、電車に乗ったり……目的地すら分からないまま、ボクは光を追いかけました。そのうちに、朝晩が寒い季節になりました。冬はもう、目の前です。
───初雪の日。
ボクは白い猫と出会いました。タオルケットに包まれて、猫は人間の老婆に抱かれていました。左右の目の色が違っていて、そんな目を持つ猫を見たことがありません。でも、ボクは直感します。ボクはこの猫を知っている……それがとても気になって、白い猫を見つめていると───「あら、サヨリちゃんにそっくりね。私の町へ一緒に行かない? 便利屋さんに会わせたいの」そう言いながら、老婆がボクに手を伸ばしました。悪魔はいつも笑顔でやってくる───ボクは恐ろしくなって逃げました。
「にゃぁぁぁぁ!!!(いいれんれん!)」
白い猫が、逃げるボクに向かって叫びました。その意味は分からないけど、とても悲しい声でした……。
ボクは蛍の光を追いかけます。冬になったからでしょうか? 蛍の光が弱まりました。今にも落っこちてしまいそうな姿に、ボクは心細くなりました。それでもボクは歩きます。
新しい町に入ると、懐かしい気持ちになりました。ずっと昔に住んでいたような……すると、向こうから二匹の猫が歩いてきます。怖くて怖くて、ボクは道を譲ります。ボクと同じキジトラ猫が、すれ違いざまに呟きました。
「サヨリさま……?」
キジトラ猫の呟きに、茶トラの猫が言いました。
「家康ぅ~、こいつはちゃうぞ」
「そ、そうだな……光秀」
「信長じゃ!」
二匹の猫の後を、ランドセルを背負った女の子が追いかけています。歩くのに疲れたボクは、道端に座り込んで、その光景を眺めました。ずっと昔に見たような、生まれる前に見たような……とても懐かしい気持ちになりました。ボクは三日ほど何も食べていません。お腹がぐ~っと鳴りました……でも、ボクは蛍を追いかけて先を急ぎます。目的地が近い……そんな予感がしたからです。
日が暮れると、雨がポツポツと降りました……夜のコンビニで、蛍の光が止まりました。徐々に光が弱ってゆきます。ボクもお腹が空いて歩けません。コンビニの軒先に身をかがめて、ボクがうずくまると、雨の激しさが増しました。もう、ボクは動けません。だから、ここで死ぬのでしょう。ボクは、ボクのなすべきことを、果たせぬままに死ぬようです。するとコンビの自動ドアが開いて、中から男の人が出てきました。
「ア、アっ(お父ちゃん!)」
咄嗟にボクは呼び止めました。よく分からないけれど、ボクは確信したのです。この人に逢うために、ボクは蛍を追いかけたのだと。蛍がボクの鼻先に止まりました。すると、誰かの声が聞こえました。
「サヨリさん。神さまの奇跡をありがとう……がんばったね、偉いです。もうすぐ、チョコちゃんにも逢えますよ」
それは温かくてコロコロとした、とても優しい声でした。いつまでも、聞いていたい声でした。ボクの鼻先から、ポトリと蛍が落ちました。蛍は死んでいるようです。もう、蛍は動かない。ボクは悲しくなりました。ボクは大きな声で叫びました。
「ア、アっ(お父ちゃん!)」
あの人が、ボクの声に気づきました。
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