桜木とオッツー、アケミとゆき。そして、俺。
俺たち放課後クラブは、メンバーの誕生日が年中行事に組み込まれていた。転校生の桜木は小学からだけれど、他のメンバーは幼稚園からの幼馴染み。物心ついた時から誕生日祝いは当たり前だ。当然のように、ツクヨもその輪の中に入っていた。時は流れ、俺たちは無事に高校を卒業し、ツクヨは中学二年になった。それでも、誰かの誕生日には、何処かで集まり誕生会をしていた……。
今現在、ツクヨに最も近い存在はアケミである。大学生になっても、アケミはBL小説を書いている。その表紙絵を飾るのがツクヨのイラストなのだから。同人誌イベントが近くなると、ふたりの情報交換が密になる。そして、アケミは己の問いに後悔していた……。
───ねぇ、ツクヨちゃん。誕生日のプレゼント……何がいい?
アケミはスマホからツクヨにメッセージを送る。
───アケミちゃん。私との約束、覚えてる? 私、あの時のアケミちゃんと同じ年になった。
ツクヨの文字に青ざめたアケミは、秒で俺のスマホに緊急メッセージを飛ばす。
───オッツーのシチューの話。ツクヨちゃん、諦めてなかった。どうしよう?
俺はオッツーに事情を話す。こんな時、俺たちの連絡網は迅速に働く。
「どうするよ? オッツー」
「オレも、そろそろかなって思ってた。姉ちゃん来るから、その日に話すよ」
「なんか……すまんな」
「心配すんな、ツクヨっちのことは任せとけって」
五月第二日曜日。ツクヨはオッツーの家に招かれた。誕生日のお祝いに家でランチをするのだと言う。思わぬ誘いにツクヨは朝から有頂天だった。
「ねぇ、サヨちゃん。これ、どう?」
「似合ってるよ。オッツーも喜ぶよ」
「ホントに?」
「ホントに!」
ランチ当日。朝からこれで三回目。衣装を変えては、何度も俺に感想を聞く───うれし気から不安そうな表情に変わった三回目。〝わたしのオッツー〟……か。花嫁の父って、こんな気分になるのだろうか? けな気なツクヨに考え込む俺がいた。
「行ってきまーす!」
その声を聞いたのは、約束の三十分前だった……ずいぶん早くね? オッツーの家まで、歩いて五分の道のりなのに……。二階の窓からツクヨの姿が見えた。ツクヨの背中が消えるまで、俺はツクヨの姿を追っていた。ショックを受けなければよいのだが……そんな不安も些かあった。
☆☆☆☆☆
───今日はオッツーの家にお呼ばれデス!!!
朝からとても緊張しちゃった。だって、そうでしょ? オッツーの家に行くのは初めてだもの。服を選んで何度も着替えて、サヨちゃんに見てもらった。そうね……六回くらい……かな? お昼ご飯を食べるだけなのに、息が上がって胸がドクドクしてるの……なんでだろ?
オッツーの家に入ると、キレイな女の人がいた。オッツーのお姉さんだった。オッツーのお姉さんって、オッツーと同じですごく背が高いの。その上、デキる女のオーラが凄かった。〝お姉さま〟って感じだった。
「ツクヨちゃん。お誕生日おめでとう……てか、初めまして。ワタシは正義の姉の千香です。いつも弟と遊んでくれてありがとね」
「い……いえ……こちらこそ……」
私は何も話せなくなった。いつものように、オッツーに甘えることもできなかった……借りてきた猫みたいだった。
「は……初めまして、飛川月読です。今日はありがとうございます」
これが、社交辞令って言うのかな? ご挨拶はちゃんとしないと……。廊下の奥にある居間に通されると、オッツーとオッツーパパが待っていた。いつものように〝やぁ、久しぶり。オッツーパパ〟とは言えなかった。
「いつも元気だね、ツクヨちゃん。正義の隣に座って、座っちゃって」
オッツーパパに言われるがまま、私はオッツーの横の席に座ると、私の前に千香さんが座った。その後、四人で少しお話をした。緊張で、何を話したのか記憶が曖昧。でも、とても楽しい話をした気がするの。だって、ずっと笑っていたもの。
「じゃ、ランチにしましょう!」
千香さんが席を立つと、オッツーも席を立った。オッツーが、沢山の苺が乗ったケーキを持って戻ってきた。千香さんはおしゃれな鍋を持っている……もしかして、これが……あのシチュー? オッツーがケーキを切り分け、それぞれのお皿に乗せる。千香さんは、鍋のシチューをかき回している。テーブルの真ん中には、から揚げやフライポテトやウィンナーが乗ったオードブルが置かれている。でも……。
「オッツー、ママは?」
その違和感で、こっそり私はオッツーに耳打ちをした。
「そこだよ」
いつもの笑顔でオッツーは答える。その席は……ずっと空席だったのに、ケーキとお皿が配膳された。後からママが帰ってくるのかしら。怖い人だったらどうしよう……やっぱり緊張してしまう。
「ごめんなぁ。だって、ツクヨっちは小さかったから。言える雰囲気でもなかったんだ。オレのかあちゃんさ、オレが小三の時に事故で天国に行っちゃったんだ。ひき逃げだった……」
あっけらかんとオッツーは言った。オッツーパパも千香さんもニコニコしているだけだった。
「えっ……」
だから、サヨちゃんもみんなも話してくれなかったのか……。〝どうして、オッツーはシチューだとかえっちゃうの?!〟私は何だか、これまで自分が悪いことをしていた気になった。オッツーは、いつもの笑顔で語り続けた。
「かあちゃんさ、シチューが得意料理なんだ。美味いんだよなぁ、かあちゃんのシチュー。『マサヨシーぃ! 今夜はシチューよ』って、自転車で買い物に行ったまんま……今日になっちゃった」
笑顔で話す、オッツーの顔が歪んで見えた。
「……ぐずん……」
それって、それって、それって……。私はどうしていいのか分からなくなって、カッと眼球が熱を帯びた。もう、自分では止められない。
「あぁ、これ使って!」
千香さんが慌てて大きなタオルを貸してくれた。私はタオルを目に当てた。それでも、オッツーの話は続く……。
「オレ、かあちゃんの葬式が終わってから、一ヶ月くらい学校に行けなかったんだ。毎日、サヨっちたちが、オレの顔を見に来てくれた。でも、オレはアイツらに会えなかった……」
私はオッツーの言う意味が分からない。毎日、友達が心配してくれているのに……。私の知ってるオッツーは、そんな人じゃない。わたしのオッツーは、いつも正義だ。
「どうして?」
「白いワゴン車を探していたから。オレは学校に行かずに、毎日、白いワゴン車を探していたんだ。朝から晩まで犯人を捜していた……。犯人が憎かった。見つけたら、ぶっ殺してやろうと思ってた。そして、今でも探し続けている……」
オッツーの形相が鬼に見えた。私……凄く怖かった……。
「そ、そんな……」
「そんなオレなのに、いつも笑顔で出迎えてくれたのが姉ちゃんだった。かあちゃんのシチューを作って待っててくれた。でも姉ちゃんは、料理なんてしたことないから、かあちゃんのシチューとは……何か違ってたな」
「もう、ツクヨちゃんの前で。失礼ねっ! ワタシだって、かあちゃんの味を再現するのに苦労したんだよ。アンタが寂しくないようにねっ!」
千香さんが少し拗ねた顔を見せた。
「あ。ごめん、ごめん」
千香さんを見るオッツーの顔が、いつものオッツーに戻っていた。私は、その顔で安心した。わたしのオッツーが帰ってきた気がした。わたしのオッツーは、いつも優しい。
「だから───シチューの日は、かあちゃんの日。だから───オレは、何があっても家に帰る日。これが、ツクヨっちへの回答です。いいかな?」
わたしのオッツーが、私の顔を覗き込む。
「はい」
私は……初めてオッツーに〝はい〟と言った。〝うん〟じゃなくて〝はい〟と言った。オッツーは少し驚いた表情になったけど、あの時、それが素直な気持ちだった。
初めてオッツーと会った日。屋島で瓦を投げた日。肩に乗って二号になった日。誘拐犯から助けてもらった日。富士山アポロを渡した日。一緒に格闘ゲームを続けた日々……。腰に変身ベルトを巻いて少し変わっているけれど、いつだって、わたしのオッツーは……私の正義の味方であり続けた。どこまでも私を守ってくれた。私はオッツーが好きだけれど、それが恋なのかは分からない。でも、オッツーの笑顔に、私の涙は止まらなくなった。中二女子のギャン泣きだった。
「ツクヨっち、折角の美人さんが台無しだ。今日はありがとう。その服、凄く似合ってる……けど、服に鼻水が付きそうだ……」
私が持っていたタオルで、オッツーは私の顔を拭き始めた……オッツーは私の鼻の下を丹念に拭いていた……今思うと恥ずかしい……。
「鼻ばっか、拭くんじゃーねよ」
私の言葉に、オッツーパパと千香さんが大笑いした。そこでようやく、いつものツクヨに私は戻れた。私は泣きながら笑っていた。
「ねぇ、ねぇ、ツクヨちゃん。食べてみてみて。かあちゃんのシチュー、おいしいんだから」
私はスプーンでシチューをすくった。そして、それを口に含んだ。なにこれ……絶妙!
「シ……シェフを呼べ……じゃなくて、呼んでください!」
私の言葉に千香さんが乗った。
「ねぇ、ねぇ、ツクヨちゃん。シチューの作り方───教えてあげよっか?」
「うん!」
私はランチの後、千香さんにシチューの作り方を教えてもらった。教えてもらいながら、オッツーから借りたコピー用紙にレシピを細かく書き込んだ───とても可愛いイラストを添えて。ツクヨさんは───絵師ですから当然よ(笑)
☆☆☆☆☆
「おい、三縁。また増えたな……中指のあれ、V3じゃねーのか?」
オトンが小声で俺に言う。
「だよなぁ……ツクヨの奴───ダブルライダーを使い切ったか!」
俺は小声でオトンに答える。
「先は長そうだな……」
オトンのトーンが少し高い。
「シーッ! オトン、ツクヨに聞こえるって!」
俺はオトンに注意する。
「おじいちゃんは、焼き魚が食いてぇ~なぁ~……」
オトン、俺だって……辛い。けど、しばらくの我慢だ!
あの日から……飛川家ではシチューの夜が続いた。昔々、ツクヨが自転車の練習で転んだ日。ビービー鳴いてるツクヨにオッツーがあげた、仮面ライダー絆創膏が活躍する日が来るだなんて……その話は、またいつか(笑)
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