それもこれもご縁ですので……

雑談
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 先日の記事にちょっとだけ反響があったので、広告掲載についてもう少しだけ。

 第1次ブログブームと申しますか、僕がホームページからブログへ乗り換えたゼロ年代。ITバブルでYahoo!株がドカンと上がって、自サイトのYahoo!カテゴリ掲載が目標だったころ。初期アドセンスを含む広告掲載は、ブログが認められた証でもありました。厳しい審査があったからです。

 広告掲載の権利を得ることは、ブログに箔はくがつくというか、ステイタスが上がると申すのも大げさですが、ブログへの広告掲載は、それだけで大変な価値のあることでした。Googleアドセンスの合格通知メールにほくそ笑んだのも、遥か昔のお話です。

 経済活動という観点からすれば、ブログへの広告表示は可能性への窓口です。サイコロを振らなければ楊貴妃の双六ができないように、広告がなければ1円にもなりません。そして今では、広告なきブログは少数派。若い人たちの目からすれば、僕のブログは広告審査に合格すらしていない、つまらないものだと判断されているのかもしれません。それはそれで致し方ないことです。

 合理的に鑑みれば、広告をバンバン貼って誤クリックを誘導したり、ドラマ仕立てのコマーシャルのように気づけば広告主のサイトへこっそりジャンプ。なーんてことも、持ち得る語彙を駆使すればできなくもないのでしょう。その観点からすれば、実に不合理なことをしています(汗)

 それでも、先日の記事にも書いたとおり、ガラホのみならずスマホの画面から見る広告は、ブログを読んでもらうには大きすぎて、そんなときに貴重な読者のおひとりが、ガラホで僕の記事を読んでいる事実を知しました。なんだか申し訳ない気持ちになって、その日にアドセンスを外しました。

 当時は先の読めないコロナ禍で、その不安から収益を求めてブログへの新規参入者が多い中。僕は逆の道を進みました。それもこれもご縁ですので……未来が不透明なときだからこそ、不合理ながら、円よりも縁に重きを置きました。

 いいじゃないの、確実におひとりだけは喜んでくれたのだから。それに加えて自家菜園を始めたばかりで、野菜があればなんとかなるかも? そんな思いがありました。

 それは小さなご縁だったけれど、小さな縁と縁とが繋がって、月日が流れた今となっては、文体を変えたり、本から得た語彙を使ってみたり、細々と小説なんぞを書いたりしながら、しみじみ実感しています……あの日の判断は正しかったと。

 ちなみにですが、記事のタイトルを英訳してスラッグに使っています。スラッグとはドメイン(アドレス)のお尻に表示される文字列のことで、日本語表記にすると、ドメインのお尻に暗号のような文字が続くので、この作業は欠かせません。

 で、英訳された『Since all of this is a matter of fate.』を、今度は日本語に翻訳すると、『これらすべては運命の問題ですから』となりました……なんかねぇ~、そういうことだわ(笑)

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