飼い猫信長と野良猫家康

猫の話

飼い猫信長と野良猫家康(悪魔の子)

悪魔…… 信長のぶながの寝息を背に感じながら、閻魔えんまは己の過去を振り返っていた。それは、楽しくも悲しい過去であった。閻魔がチャッピーと呼ばれていた過去の記憶が蘇る……。「今日から貴様は、俺の仲間だ!」 あの日から、わたしは光秀みつひでのグループに入った。そして、わたしは光秀を兄様あにさまと呼んで、心から慕っていた。わたしには、新しい世界が広がって見えた。仲間と寝食を共にする。共にじゃれ合い、共に笑う……みんな気さくで優しかった。だが、それも長くは続かなかった。わたしは日を追うごとに大きくなった。我が子のように遊んでくれた、姉あねさんたちの優しい目が、わたしが大きくなるにつれて冷ややかになっ...
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飼い猫信長と野良猫家康(生き写し)

それにしても、このニャンコ。恐れを知らぬバカなのか? それとも、天然のアホなのか? 好奇心に満ちた目で閻魔えんまに顔を近づけて。信長のぶながは物珍しそうに、閻魔の細部に至るまで観察している。その無礼千万とも思える行動に、固唾かたずを呑んで見守る猫たちは、同じ未来を思い描く……もうすぐ血の雨が降るのだろう───と。 淡い月光を反射させた閻魔の瞳は愛しい恋人を愛でるかのようで、閻魔の表情は夜空を流れる雲のように穏やかであった。虎柄の白く太い指先を、閻魔が信長に向かってゆっくり伸ばすと、桜色の肉球が信長の頭を優しく撫でた。触れただけで壊れてしまう、そんな……ガラス細工に触れるが如く、慎重に丁寧に、閻...
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飼い猫信長と野良猫家康(ホワイトタイガー)

木々の隙間から差し込む月光が、閻魔の白き体毛に反射して、神秘的な輝きを放っていた。その神々しい姿を囲むように、猫だかりができている。最前列に座るのは、各エリアを統治するボス猫たちだ。その背後に手下てしたたちが次々と並ぶ。この集会は、閻魔が鬼猫おにねこと呼ばれた昔から、満月の夜に行われていた。「皆さん、お揃いですね」「オリクが来たよ、道を開けな」 ケイテイとオリクが祠ほこらの前に到着すると、手下たちが自動ドアのように道を開けた。二匹は閻魔の前でお辞儀をしている。家康は手下たちの背後から、その様子を見つめていた。「家康ぅ! ケイテイちゃんって、すごい猫なの? なんか俺、感動してるぅ~」 幻想的な儀...
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飼い猫信長と野良猫家康(チャッピー)

八月の満月の夜。山の中腹の祠ほこらの前に、老いた猫の姿があった。雪が如き体毛と、闇を思わす漆黒の虎柄が神々しい姿で佇たたずんでいる。山里の猫たちに閻魔えんまと呼ばれる老猫は、静かに月を眺めながら仲間たちの集結を待っていた。時折、己の運命さだめを呪いながら、閻魔は深いため息を漏らして……いた。 一間半(273センチ)ほどの巨体を持つ、閻魔はこの地の者ではない。生まれて間もなく、この地へ迷い込んだのだ。閻魔が生まれた世界では、人間の手厚い愛情を受けながら、ゾウ、キリン、サル、フクロウ……。様々な動物たちに囲まれて、閻魔は楽しく暮らしていた───チャッピー。幼き閻魔は、そう呼ばれていた。 ある晴れた...
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飼い猫信長と野良猫家康(ケイテイ)

「おい、覇権(家康)と絶望(オリク)が睨み合ってるぞ!」「えーーー! 家康の現役復帰かっ!天地がひっくり返るぞ!」「世界地図が塗り替えられる……」 信長を挟んで睨み合う家康とオリク。地を這うような低い姿勢の家康とは対象的に、後ろ足で立ち上がるオリクの顔には、余裕の笑みが浮かんでいる。体格と経験値なら老兵家康、勢いと持久力なら女帝オリク。猫の勢力図が書き換えられる戦いに、固唾を呑んで動向をうかがうボス猫の群れ。もし仮に、家康が現役復帰を果たせばすべてが変わる……。引退した今も尚、覇権の称号の影響力は健在であった……。「おい。真ん中の茶トラの若造……あれ、なんだ?」「家康の息子じゃねーか?」「いや...
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飼い猫信長と野良猫家康(ボス猫オリク)

家康が海の木陰で涼んでいると、信長が少女を連れてやってくる。タマタマを消失してからというもの、信長は謎の少女と仲良しになっていた。「家康ぅ~」「光秀か……」「信長じゃ!」 茶トラとキジトラ。二匹の猫が合流すると、女の子はどこかへ消えた……。「誰や? あの女」「ちゅーるちゃんや。いつも俺に、ちゅーるをくれるんやで」 家康の問いに、ニヤケ顔で信長は答えた。家康は知っている。猫も気まぐれだが、人間だって気まぐれだ。子どもなら尚のこと。さてさて……信長のちゅーるは、これから何日続くやら……。一ヶ月? いや、長くて一週間ってところだろう。人間の子どもは飽き性だから……。 それはそうと、信長は今夜のことを...
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飼い猫信長と野良猫家康(タマタマが……)

まだまだ暑い日が続く……野良猫には厳しい季節だ。「楽しそうに泳いでるやんか……」 いつもの海の木陰から、海水浴を楽しむ人々と飼い犬を眺めて、ため息を漏らす家康がいた。今日の食事と暑さしのぎ。それは当然として、もうひとつ。家康には気がかりがあった。お盆を目前に、信長が姿を見せなくなったのだ。鬱陶しく感じていた信長だが、会わずにいると気になるものだ。きっと信長は、クーラーの効いた涼しい部屋で、御主人様と甲子園やオリンピックを見ているのだろう……この暑さ、当然だ。家康はそう思っていたのだが、信長の身に大問題が起こっていた。「家康ぅ!」「久しぶりやな、光秀」 久々の信長に家康はうれしかった。素直に名前...
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飼い猫信長と野良猫家康(ヒトコワ)

この数日、信長は違和感を感じていた。 ずっと誰かに見られているような、何者かに尾行されているような……そんな気がしていた。それがとても気持ち悪い……。それと同じ感覚に家康も、臨戦態勢を取っていた。飼い猫と野良猫とでは、危険予知能力に雲泥の差がある。判断を誤れば、夏の扉どころか地獄の門が開くからだ。感覚を研ぎ澄ませる家康は、ニャルソックにも余念がない……。野良猫とはそういうものだ。家康とは対称的な家猫が、いつものようにやってきた。「家康ぅ!!!」 海の木陰で釣人を眺める家康に、信長は泣きつくような声をあげた。その声に、軽くギャン泣きが入っている。「秀吉か……」「胸で草履を温めるサルとちゃうわ! ...
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飼い猫信長と野良猫家康(正解率五十パーセント)

───明日から八月である。 梅雨が明けてからというもの、海の木陰で家康は夏の暑さをしのいでいた。猫カフェでバイトをしたい気持ちもあるが、老猫にお呼びがかかる場面など稀まれである。───平成の猫カフェじゃ、ナンバーワンとうたわれたワシなのにな……年は取りたくないものじゃ。 この数年間、家康は釣人のおこぼれで生計を立てていた。それが、老いた野良猫の末路である。けれど、家康はたくましく生きていた。───そろそろか……。 堤防で釣りをするふたり組。それに的を絞り込む。竿が引いた瞬間、釣人の横に座っておこぼれを待つ。それが家康のオペレーション梟ストリクス。 男女の組み合わせなら、高確率で魚を得られる。男...
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飼い猫信長と野良猫家康(軽い決断)

梅雨も明けたある日。 縄張りを監視する家康のニャルソックだが、焼けるように熱い瓦の上になんていられない。野良猫のサマータイムの導入だ。日中は海の木陰で涼をとる。海に出たついでに、釣人から魚を分けてもらう。人間なんて、チョロい、チョロい。近づいて、ニャーニャー鳴いてりゃ勘違いを起こす生き物だ。あわよくば、ちゅーるがもらえる特典もある。家康はのんびりと、夏のバカンスを楽しんでいた。「こんなところにおったんか? やっと見つけたぞぉ、家康ぅ!」 木陰で涼む家康に、暑苦しい猫の声。信長が家康に向かって走り寄る。「久しぶりやな、秀吉」「信長じゃ!」 毎回、繰り広げられる茶番にも、そろそろ家康は飽きていた─...
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飼い猫信長と野良猫家康(浮気発覚)

降り続く雨の中、茶色い猫は屋根に通った。友だちと会うために。しかし、家康が姿を見せることはなかった。雨雲を眺めて信長は思う。きっと晴れたら、家康も姿を現すだろうと。 翌朝。信長が窓の外を見ると、空いっぱいの青天だった。よし、晴れた。今日は家康に会えるだろう。信長は、ご主人様が準備してくれたカリカリを少しだけ残し、猫砂の上に用を足し、外の世界へ飛び出した。いわゆるこれが脱走である。───いた! 家康だ。 信長は、家康めがけて一目散に駆け寄った。「家康ぅ! 家康、家康ぅ!」「久しぶり。秀吉」 いつもどおりの〝秀吉〟に、信長は少しうれしくなった。それでこそ、家康だ。「信長じゃ!」 信長は涙目だ。うれ...
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飼い猫信長と野良猫家康(裏切り者)

───裏切り者……信長の心は怒りに震えていた。 屋根の上、仲睦まじく語らう猫。それは紛れもなく家康とケイテイの姿であった───それを目撃した信長は、怒りで身も心も震えていた。ジジイのくせして、お前は孫ほど若い女に手を出すのか? なぁ、家康。そうなんだな? お前、生粋のロリコンなんだな! 初めて外の世界で信頼した男の裏切に世界のすべてが歪んで見えた。歪みの果はてに信長は誓う。俺の殺すリスト。最初に書く名は〝家康〟であると……。「じゃ、またね♡」「せやな……お前も、頑張れや」 ケイテイが屋根から降りるや否や、信長は家康に駆け寄った。「裏切り者ぉぉぉぉぉ!!!!」 やんのかステップで威嚇いかくする茶...
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飼い猫信長と野良猫家康(エモいの使い方)

いつもの屋根で家康はくつろいでいた。この一帯が家康の縄張りであり、見張りをするのに丁度いいのだ。そこのブロック塀の上、高々と尻尾を上げて歩く白い猫───ケイテイか……。家康は、ぼんやりとケイテイの姿を眺めていた。「なぁ、家康ぅ~」 聞いたような声の先に、見たことあるような茶トラがいた……誰だっけ?「馴れなれしいやんか? わけぇ~の。お前、誰だっけ?」 思ってもみない言葉に、信長は驚いた。「ほら、あそこ。白猫の名前を教えてくれたやろ? どんだけ、高齢やっつーたって。二、三日前のことくらい覚えてるやろ? な、そんな目で俺を見るなよぉ~ 家康ぅ~」 信長は寂しげな瞳で家康を見つめた。 二、三日前?…...
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飼い猫信長と野良猫家康(出会い)

───四国のとある田舎町。 とある民家の瓦屋根の上で、二匹の猫が睨み合っていた……。「おい、茶色のわけぇ~の! 誰の許可を得て、そこで座ってる?」 大柄なキジトラ猫が、スリムな茶トラ猫を威嚇する。「うっせーわ。おっさんこそ目障りや! どっか行きぃ~な」 若い茶トラも負けずと応戦。「はっはーん! お前、飼い猫やな。赤い首輪なんてしやがって。そっか、そっか。世間知らずか。だから、ワイに楯突けるんやな。今日のところは大目に見たるから、家に帰って、ウンチして寝てろ。お坊ちゃまのボンボンに、外の世界は無理やで。外は弱肉強食の世界やからな」「はぁ? この老害がっ! おっさんの方こそ、ホームレスなんやろが?...