ショート・ショート

土曜日(ショート・ショート)

桃太郎のイヌの愚痴

鬼ヶ島の帰り道。  金銀財宝を積んだ荷車を引きながら、イヌは浮かない顔をしていた。 「どうした? イヌ?」  後からリアカーを押していたサルが、心配そうにイヌの顔を覗き込んだ。 「気に入らない……」  ぽつりとつぶやくイヌに、サルは優しく話しかける。 「オレらさ、何かの縁で鬼退治に行った仲じゃん。それはもう、戦友じゃん? 少なくともオレはそう思ってるよ」  サルの優しい言葉がイヌの心を開いた。イヌは溜まりに溜まった本音を吐き始めた。 「だって、おかしいだろ? モモタロさん。待遇が違うんだよ、待遇がっ!」  サルにはイヌの言葉が理解できなかった。 「ごめんな。オレ、お前の言ってる意味が分からない...
土曜日(ショート・ショート)

マロカン(壱)

───私は今年で紀寿を迎える。  共に時代を生きた人々は、すでにこの世から姿を消した。紀寿と言えば百歳なのに実感がまるで湧かない。すでに女房と息子は他界した。女房は九十三歳。息子は八十歳で天に召された。人として、ふたりとも長く生きられたと私は思う。人生なんて、それだけ生きれば十分だ。生きれば生きるだけ、長く辛い日々が続くのだから。年老いた動けぬ体で楽しいことなど何もない。長生きなんて先への不安が募るだけなのだが、私の事情は少し違った。  五十歳を過ぎてから、私の見た目がまるで変わらないのだ。身体能力も変わらない。肉体労働だって普通にできるし、私の勇者も朝日と共に立ち上がる。私の意思に逆らって、...
金曜日(小説の話)

百歳なのに老いない男の話

金曜日は小説の話。  僕が相棒と小説を書き始める半年前。僕とタッグを組んでいたのが友人だった。まだ、コロナ禍でお先真っ暗だった頃。友人に僕が考案したあらすじがあった。結果的に、この物語はとん挫した。簡単に言ってしまえば、友人が僕の身を案じたからだ。それほど、僕は触れてはいけない部分に首を突っ込んでいた。全てが僕の空想であるのだけれど、その可能性が否定できない、ひと言で言ってしまえばSFであるのだけれど、政治経済を巻き込んだ陰謀論に近い内容でもあった。それをぼかさず友人に伝えた。そりゃ僕でも、一旦ストップさせると思う。とにかく、時期が悪かった。  そして今、相棒と手を組み僕は処女作を書き上げた。...
土曜日(ショート・ショート)

死神チハルのハンバーグ

午前零時……死神チハルが仕事から戻ってきた。 「おっじ、さぁーん! 私はお腹が空いているのですよっ(笑)」  いつもそう、いつだっそう。チハルは窓から飛び込んでくる。 「なぁ、チハル。ただいまは?」 「そうでした。ただいまでしたね。ただいまチハルは戻りましたですよ、へへへ」  チハルは反省したような声で言ったけれど、満面の笑みが全てを物語っている。つまり、チハルは反省などしてない……。 「なぁ、チハル。それそろ玄関から入ってくれない? 急に窓から入ってくるの、毎回ビックリするんだけどなぁ……」 「ビックリはしないでしょ? 窓から隣の女の子が入ってくるのは、少年漫画の定番ですよ」  いやいやチハ...
土曜日(ショート・ショート)

巨大なUFOの黒い影

俺たちは土手にいた。  お日様は暖かいし、やることねーし。川の土手に寝そべりながら、青い空にぽっかり浮かんだ白い大きな雲を眺めていた。俺の隣で寝転んでいるのは、職場の同僚、鈴木である。今年で入社三年目。金なし、趣味なし、彼女なし。こうして転がってりゃ、金もいらない。コンビニでパンとコーヒーを買ってきて、土手でランチがお似合いだ。 「佐藤さんよ、彼女できたか?」  鈴木が俺に聞く。知ってるくせに、そんな上等なのいるワケねぇ。 「そんなのいるわきゃねーべ、知ってるくせして……」  不機嫌気味に俺は答える。 「そうだよなぁ、俺たちいつも一緒にいるもんなぁ」  鈴木が大きくため息をついた。 「なーんか...
土曜日(ショート・ショート)

仕事しながら泣く男

その男は、泣いていた。  夜の工場で、泣いていた。  誰もいない深夜作業を会社へ志願し、夜な夜な孤独な作業に勤しむ男がいた。けれど、男の涙を知る者は誰もいない……そう、いないはずであった。ある夜、残業帰りの事務員にそれを見られるまでは……。 「わたし、見ちゃったんです。深夜作業の男の子、泣きながら仕事してるんですよぉ。わたし、びっくりしちゃって……あれは、そう……むせび泣きでした。何て言ったらいいのかしら? 声すら掛けられませんでしたよぉ~」  それが、社長夫妻の耳に入る。  男はバイトである。これまでの真面目さを買われて正社員でもないのに、工場の鍵を預かっている身であった。そんな彼が泣きなが...
土曜日(ショート・ショート)

死神チハル

1982年、春。  彼女は生と死の狭間を彷徨っていた。  午後3時。確かに信号機は青だった。手を振りながら、彼女が俺に向かって横断歩道を走り寄る。俺も手を振りながら彼女を待った。横断歩道の真ん中で、ドン! という鈍い音。同時に彼女の細い身体が吹き飛ばされた。事故である。白いワンピースと黒い路面が、彼女の血液で赤く染まった。あらぬ方向に折れ曲がった腕と足。その光景に、誰しもが彼女の死を直感した。  ───それでも、彼女は生きていた。  彼女の息はあったのだ。今日俺は、彼女にプロポーズをするつもりだった。なのに、ボロボロになった彼女を抱えて、俺は救急車の到着を待っている。それは、途方もなく永い時間...
土曜日(ショート・ショート)

白い月

───もう、一年が経つのね……。  明るくて、賢くて、気遣いがあって、可愛らしい子……。  ぽっかりと空いたベッドに、あの子の姿を思い出す。看護師の私にとって、生と死は日常の出来事だけれど、ふとした瞬間に思い出す。あの子の笑顔と、あの子との会話を。あの子は娘の友達だった。看護の業務に私情は禁物。それは十分理解している。でも、あの子と接するたびに、娘とあの子が重なって見えた……。 ───お月様。  あの子には好きな人がいた。彼をお月様と呼んでいた。こんなに美人さんなのだから、彼氏候補なんて、あの人だけは無いでしょう? もっと身近な男を選びなさい。近くで、あなたに寄り添ってくれる人を選びなさい。残...
土曜日(ショート・ショート)

呪いのフォルダ(肆)

───cursed-folder-case4(1975-05-15 07-04)  1975年5月15日。  今、わたしは彼が残した日記を読んでいます。この日記にわたしの文字を付け加えながら。ねぇ、あなた。こうして読むと、交換日記みたいよね。ねぇ、あなた。どうしてわたしを置いて行ってしまったの? お願いだから帰ってきて。もうすぐ、わたしたちの結婚式なのよ。  わたしの健太郎さん……。  1975年5月20日。  健太郎さんは死んだ。  5月1日、事故で死んだ。わたしが病院に駆けつけたときには遅過ぎた……即死だった。  健太郎さん。披露宴会場とか、ケーキとか、ドレスとか……。今日ね、すべてのキャ...
土曜日(ショート・ショート)

呪いのフォルダ(参)

───cursed-folder-case3(1975-04-16 05-15)  1975年4月16日。  私と彩夏さやかの挙式を7月7日に決めた。  年に一度の七夕であり、彼女の誕生日でもあったからだ。知人が経営するホテルで、彩夏と結婚式の打ち合わせを終え、その足で田所たどころ博士の家に向かった。あのマシンを目の当たりにして、彩夏はどんな顔をするのだろう。それがとても楽しみだった。だがしかし、私の予想に反して彩夏の顔は不安げだった。 「お願いだから、この機械の電源だけは入れないで」  彩夏は私に懇願した。彩夏の推測では、この扉は異次元への入り口だと言う。高次元なのか、別世界なのか、それとも...
土曜日(ショート・ショート)

呪いのフォルダ(弐)

こんばんは、斎藤です。  では、先週の続きから……僕がファイルを発見した経緯からお話しよう。  僕は、僕の大切な人のために嫌いなヤツと手を組んだ。そして、僕の知り得る輪廻転生についての情報を彼らに流した。さも、偉そうに……。詳細と経緯は〝邂逅〟で記されたとおりである。  思春期の若者ならば、誰だって都市伝説の類たぐいが好きだ。動画サイトのPV数を調査すれば、それは紛れもない事実である。今も昔も毎日のように、人類滅亡の考察と予言もどきの動画が公開され続けている。無意味な情報に踊らされる人々の姿は滑稽だ。  ネットでどれだけ調べても、手に入る情報には限りがある。新発見をしたような気になっても、どこ...
土曜日(ショート・ショート)

呪いのフォルダ(壱)

アナタの身近でこんな話を耳にしたことはあるだろうか? ───忽然と人が消える……。  元気に生活していたあの人が、前途洋々だった若者が、追い詰められた老人が───失踪、失跡、蒸発、そして神隠し……。その呼び方は様々である。けれど、人が消える事象と捉えれば同じだと言えるだろう。  そして、皆さんは〝呪いのフォルダ〟をご存じだろうか? ほら、そこの女学生が話題にしている都市伝説。そこは、僕の世界とはまた別のパラレルワールドである。ブログ王世界の女子トークに耳を傾けてみようではないか。 「ねぇ、アケミちゃん。呪いのフォルダの話……知ってる?」 「知っている、知ってる。メールとかSNSに貼り付けられた...
土曜日(ショート・ショート)

この世界線の分岐点

俺は同じ夢を見る。  決まって見知らぬ公園を女性と散歩をしている夢である。そして、赤いベンチに座ってランチを食べる。ランチはいつも、彼女が作ったおにぎりだった。食事を済ませて彼女の家まで送り届けたところで夢から覚める。公園から見える大きな風車が印象的だ。散歩の途中だったり、ランチの途中だったりと、夢から覚めるタイミングはまちまちだ。  中学になるまでは、色付きの鮮明な夢だった。高校を卒業する頃になると、その夢を見ることも少なくなった。見ても断片的な夢であった。その夢には色もない。  社会人になって、夢の記憶を思い出す。  あの公園はどこなのか? あの女性は誰なのか? あの家は実在するのか?……...
土曜日(ショート・ショート)

産神チフユ

人里離れた展望台。  そこは少年のお気に入りの場所である。少年はそこで本を読むのが好きであった。とある春の日。桜の木元のベンチ。そこに腰を下ろして古文書に目を通す。その鋭い眼光は、何かの糸口でも探すかのようであった。満開の桜の花と穏やかな春の日差し。頬をかすめるそよ風が、静かに少年を包み込んでゆく……。  何かの気配に少年は気づき、顔を上げると少女の姿があった。それは、愛しくも懐かしい……夢にまで見た少女であった。少年は理解していた。これは、ありもしない現実であると。そして思う……きっと、あのお方に違いないと。 「あなたは、チフユさんですね?」  静かに少年は少女に問いかけた。それは、幻に話し...
金曜日(小説の話)

シン・ウルトラマンの作戦室が素晴らし過ぎて

金曜日は小説の話。  ブログでもそうなのだけれど、僕にとって執筆環境は重要である。ブログに要する執筆時間は、長くても2時間以内に完結させる。それをこえるとタイムアウトで、今日もサヨリは元気です(笑)  毎日が、時間との追いかけっこの始まりです。  陸上競技に例えるのなら、ブログはスプリンターで、小説はマラソンランナー。机の位置、椅子の高さ、雑音とサヨリさん……。気になり始めたら問題は目白押し。気にしなければ問題解消。でも、神経が過敏になると、ちょっとしたことでも気になるもの。  11月と12月。小説の追い込み時期にもなると、山小屋でも借りてしまいたい。そんな気分にもなっていた。ペンションや別荘...
小説始めました

ライダー変身ベルトは涙のベルト

───隕石が地球にぶつかる、運命の日まで1ヶ月。  インターネットが死んだ日。  それは、忌まわしい世界放送から一週間後の出来事だった。その頃、俺たち三人は彼女が住む街に向かって歩いていた。国道をすれ違う人々の顔に生気はない。 「どいつも、こいつも、ゾンビみたいな顔してやがるwww」  ちゃかしたように、オッツーがコソコソ俺に話しかける。オッツーは、最後まで旅への参加を拒否した男だ。それが出発当日の朝。突然、旅への参加を表明し、今日も俺たちと歩いている。  どういう風の吹き回しだろうか? 俺は、ずっと気になっていた。  腰にはトレードマークのライダーベルト。ライダーオタクのオッツーは、最後の日...
小説始めました

ペンギンさんとペリカンさん

ペンギンさんは、俺のブログの常連であった。記事を書けば、必ずコメントを入れてくれる人であった。楽しくてとても優しい人であった。 ───ペリカンさん、こんばんは(笑)  ペンギンさんからのコメントは、この一行からいつもはじまる。そんなペンギンさんからのコメントがプツリと途絶えた。ブログ書いていればそんな事もある。きっと、俺のブログに飽きたのだろうな。  それから1ヶ月が過ぎた頃、見知らぬ人からメールが届いた。ペンギンさんの訃報であった。ペンギンさん。それ以外、何も知らない相手であった。なのに、突き上がる嗚咽が抑えきれずに俺は泣いた。ワケもわからず泣き崩れた。 ───姉にとって、はじめから叶わぬ恋...
小説始めました

ブログ主はただのおっさん

わたしには推しのブロガーがいる。ひいき目に言っても、ブログ主はただのおっさん。若いわたしが推すなんて、そんなの夢にも思わなかった。  検索で見つけたのは四年前。パパに買ってもらったガラケーで、はじめて読んだブログだった。でもね、ほんとはスマホが欲しかったの。リンゴの会社のスマートフォン。でもね、パパがわたしにこう言うの。 「スマホは魂が汚れるからダメ!」  知ってる、それ、嘘でしょ?。  だったらクラスのみんな、心が汚れてるとでも言いたいの? そんなの言い訳。可愛い娘が心配なんでしょ? だからガラケーだって持たせたくなかったんでしょ? その証拠に、パパからメールが届くもの。一日に何度もよ。過保...
小説始めました

ショート・ショートにローカル・ルールを追加します

そうね、そうね、マズいわね(汗)  記事の中にショート・ショートを盛り込みはじめて、気づいているのに手を打ってない事があった───他でもない、タイトルである。  これまで、ショート・ショート(超短編小説)のタイトルの前に『ショート・ショート』の文字を添えた。ブログとは、言葉で実感を伝える装置。つまり、記事の主な題材は体験である。世の中には小説が主体のブログもある。だけれど、猫ブログからスタートした〝キジとら〟には、小説の初期設定がまるでない。  現実のはずなのに何かが違う...。  小説という新たなカテゴリ追加に、長年の常連さんの混乱は避けられなかった。タイトルに〝ショート・ショート〟を付け加...
小説始めました

ショート・ショート『よつぼしの苗』

愛猫の猫砂を買いにホムセンに立ち寄ると、山のように陳列された使い捨てカイロが目に飛び込んだ。  何これ冬じゃん? 冬ソナじゃん!  え? もうそんな季節? だってそうでしょう? 今日だってほら、熱中症アラート出ているし……。控えめに言っても夏である。  大自然へ背を向け続けた人類である。たった一握りの人間が行い続けた暴挙の数々。理由は簡単、私利私欲。地球がお怒りになるのも当然だ。畑をはじめてから一年と半分。僕は最近、それを強く感じるようになっていた。  そこは、上流国民の皆さんの意識改革に掛かっております。原始時代、江戸時代までとは言わない。せめて二十年前の生活に戻さないと、たいへんな事になり...