時は来たれり……

ブログ王スピンオフ
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 石あかりの俺は幸せだった。その後、俺はのんの部屋でお姉様たち(のんちゃん親衛隊)に囲まれて、あたふたする時を過ごした……。あっという間に朝である。数限りなくホワイトボードに書かれた文字が、その過酷さを物語っている。輪廻転生の収穫はあったのだろうか? それは思うまい。今、俺にとって大切なのは、無断外泊のあとしまつ……。

「三縁さん、楽しかったですね」

 のんは笑顔で俺を部屋から送り出した。白く輝くマンションの外壁は、何事もなかったかのように、田畑の間にそびえ立つ。アスファルトの上から、のんの部屋を見上げると、のんが俺に向かって大きく手を振っている。新婚さんの朝ってのは、こんな感じなのだろうか?

 俺は電車に乗り、最寄りの駅からトボトボ歩いて家路を辿る。いつもの公園の前で、俺はツクヨとばったり会った。右手に抱えたスケッチブック。ツクヨは猫の観察へ向かう途中であった。

「サヨちゃーん。おはよう」

 テテテテテ……。俺に近づく、ツクヨの声はいつもどおりであった。その当たり前の挨拶が、朝帰りの俺に気を利かせているように見て取れた。それが余計に、嵐の前の静けさを思わせる……。

「おはよう。なぁ、ツクヨ。オカン、俺のこと……なんか言ってなかったか?」

「なんにも言ってなかったお?」

「……ふーん。じゃ、気をつけて行けよな」

「はーい」

 小さなツクヨの背中を見送ると、俺の口からため息が……。ツクヨから得られた情報が何もない。つまり、俺の家はブラックボックス。鬼が出るか、蛇がでるか……ダメ元で、オカンに向かって特攻だな……。俺は腹を決め、家のドアを開くと……仁王立ちのオカンがいた───終わったな……。

「おかえんなさい。昨日は大変だったみたいね。小説家って、大変なのね。ご飯、まだでしょ?」

「え? 無断外泊だよ? 怒らないの?」

「なんで?」

 オカンはキョトンとした目で俺を見る。

「いやぁ~、無断外泊つーのはさ。親ってさ。激おこぷんぷん丸になるもんじゃねーの?」

「あぁ……。ついさっきね、早川さんだっけ? 電話があったのよ。三縁さんを朝まで引き留めてごめんなさいって。でさ、でね。なんか、一晩中、小説のフラッペつーの?」

「プロットな……」

「そうそう。その話をしていたんでしょ? 沢山の先輩たちと一緒に。でも、あれね……しっかりしたお嬢さんね。お嫁さんに欲しいくらい。でも、アンタの器量じゃ無理だろうけど……だって、アンタ。お父さんに似ちゃったもんね……お気の毒さま」

 そうですか? そうですよ。なんか腹立つ……。

「オカンもアヤ姉も美人だもんな。その美人さんを妻にした、オトンを俺は尊敬するよ」

「いっちょ前なこと言っちゃって」

 俺は不機嫌に朝食を取り、取りあえず寝ることにした。睡眠を取ってから、頭の中を整理しないと……。その日、俺は泥のように眠り、目覚めた時には一日が終わっていた……朝寝たのに、朝だった。

☆☆☆☆☆

 お盆の入り。ひとりの美女が高松空港に舞い降りた。深紅のカジュアルスーツに身を包み、足元には白いスニーカー。オールバックのポニーテールと真紅に艶めく唇は、顔面偏差値への自信の表れ。ピンクのキャリーバッグを引きながら、空港ロビーをランウェイのように颯爽と歩く。煌びやかな都会の雰囲気と自信を身にまとう美女の正体は……アケミではなく、ゆいである。

「ゆいちゃーん、ひさしぶり~。なんか、お姉さんになってるねぇ~。ステキだわぁ~」

「のんちゃん、元気だったぁ~。相変わらず可愛いねぇ~。ウチ、昨日から楽しみにしてたの。のんちゃん自慢の讃岐うどん、食べに行こう!」

「うん!」

 ふたりはハグを交わしながら、再会の喜びを分かち合った。

「ゆいちゃん。お友だちも呼んでるよ」

「えっと、放課後クラブの子たちだっけ?」

「うん!」

 放課後クラブの女子たちへ、のんは事前に集合メールを飛ばしていた。のんはみんなに、親友ゆいを紹介したかったのだ。のんはそれが楽しみで、昨夜はあまり眠れなかった。空港を出ると、太陽光線がふたりを照らした。夏の光がのんの白肌に反射すると、のんの姿が白く発光しているように見えた。そのまばゆい姿に、その場にいた者の視線が奪われた。これがウチの親友よ! ゆいは優越感に浸っていた。

「のんちゃん、うどん屋はどっちの方角?」

「あの白いお月様の方角よ」

 のんの指の先にある店は、ゲンちゃんうどんに決まってる。

☆☆☆☆☆

 空港ロビーでハグするふたりと同時刻。

 いつもの公園で放課後クラブの女子が勢ぞろいしていた。本気でブランコを揺らすツクヨの傍らで、帰省したアケミにゆきが、何やら話しかけている。アケミの軽装とは裏腹に、ゆきは大きなバッグを持っていた。その中身は、いずれ分かる……。

「ねぇ、アケミちゃん。メールのお返事、どう書いたの? 時は来たれり……」

 時は来たれり……それは、のんからのメールタイトルである。

「あれねぇ……のんちゃんのでしょ? 返事に困ったわよ。だって、時は来たれりだもの。戦時中みたいじゃない。内容も、そんな感じの日本語だったし。で、アイツらは?」

「サヨちゃんとオッツーは来ないんじゃない? 女子会って書いてあったから。そうそう……最後の言葉が〝放課後クラブに栄光あれ〟って……アケミちゃんのも、わたしと同じ内容のメールよね?」

 ゆきはアケミの顔にスマホをかかげた。

「うん、同じ内容ね。私はね〝喜んで参加します〟って送ったわ。一応、私も同人作家だよ。だから、文章に自信はあるけど、イエスかノーが無難な気がしたから。でも、女子会がゲンちゃんだって……。そうそう、後でグリムに行きましょうよ。サヨちゃん考案のシュークリームが食べてみたいの」

「おいしいのよぉ~、グリムのシュークリーム」

「だったら、うどんは控えめにしとかなきゃね」

「そうだねぇ~」

 一瞬でスイーツに話題が飛ぶ。ふたりの会話は高校時代と変わらない。

「わたしもアケミちゃんと同じ返事したの。でね……のんちゃんの、お友だちも来るみたいね。じゃぁ、カラオケは三次会にして、二次会はグリムで決まりね」

「うん。グリム、グリム。で、のんちゃんの友だちの名前は……ゆいちゃんだっけ?……ところで忍ちゃんは、どんなお返事をしたの?」

 アケミとゆきの隣で、忍は終始無言で立っていた。忍は青空に弧を描く、ツクヨのブランコの軌跡を見つめている。ツクヨが描く軌跡の中に白い月が浮かんでいた。

「御意……」

 忍の答えにウケたのだろう。アケミは口に手を当てた。続けてゆきが問いかける。ゆきのツボにも限界が近い……。

「じゃ、ツクヨちゃんは?」

「……ラジャー!」

 抜けるような夏空に、乙女の高笑いがこだました。

☆☆☆☆☆

 同日、同刻。

 三縁は朝からオッツーの部屋にいた。

「なぁ、サヨっち。桜木は帰ってこないの?」

「なんだか、明晰夢めいせきむが忙しいらしくて、この夏は無理っぽいな」

「明晰夢って、なんだ?」

「さぁ……大学の研究テーマじゃねぇ~のかなぁ? 桜木は量子物理学が専門だから、何をしているのか、さっぱりだよ。大学へ行く前、輪廻転生を解明するとか言ってたし。同じ大学生でも、俺と桜木とじゃ、レベルが異次元くらい違うからな……」

「なんかスゲーな……知らんけど」

 オッツーがベッドの上で変身ベルトを磨き始めると、三縁は窓に目を向けぼんやりと、空に浮ぶ月を眺めた。のんびりとした時間の中で、セミの声だけが忙しかった……。

「これ、ツクヨっちにあげようと思うんだ」

 オッツーの長い指が、ベルトのタイフーンをコツリと叩く。

「それ、大切なものだろ? いいのか、ツクヨで?」

「うん、いいんだ。もう……オレは変身ベルトを巻ける年じゃないし。なぁ、サヨっち。今日、このまま持って帰ってもらえるか? そんでもって、ツクヨっちに渡してくれね?」

 オッツーは三縁の膝に変身ベルトを乗せると、にっこり笑った。三縁はオッツーの決意を察して、変身ベルトを受け取った。しばらくの間、ふたりの間に無言の時間がゆっくり流れた───とはいえ、若さとは空腹である。腹時計は、時間どおりにふたりを襲った───グーーーっ!

「なぁ、オッツー。今日のお昼は、どこで食べる?」

 変身ベルトを撫でながら、三縁はオッツーに問うた。

「サヨっちの小説。賞金が入ったら、ステーキご馳走してほしいところだけど。それは先になりそうだから、今日もやっぱり……」

「ワンコインで幸せになれる、ゲンちゃんで決まりですなぁ……じゃ、行こか?」

「行きますか……」

 かくして、三十分後。

 ゲンちゃんうどんに、放課後クラブが集結することになるのだが……。

 

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