───ちょっとお聞かせ願って良いですか?。
僕に答えられる事ならば…。
とあるミッションがあった。東京からの応援として単身香川の地に降り立った青年がいた。生まれも育ちも東京だという。おじいちゃんもお父さんも東京だと言うのだから生粋の江戸っ子である。
てやんでぇ、べらんめぇのイメージが僕の中の江戸っ子である。暴れん坊将軍の影響をモロに受けた世代なのだから仕方ない。松平健よりもサブちゃんの印象が強く、火事と喧嘩は江戸の華、瓦屋根の上で纏(まとい)を振り回す。そんな、め組の姿しか浮かばない。
けれども彼は純真無垢な好青年だった。遠慮深く、大人しく、礼儀正しい若者に、僕らは親しみを込めてマー君と呼んでいた。都会育ちの彼にとって讃岐の風習は疑問符だらけのようである。時折フリーズ現象を起こして固まっていた。彼は30代、僕は40代。
北京オリンピックが開催された2008年の出来事である。
───都会人と田舎者。
最初はどこか噛み合わない会話と、どこかズレた返事が気になった。1週間もすればそれにも慣れてプライベートの話もするようなる。そのうち何かしらの相談を受けるようになった。その殆どが「香川の人は…」から始まる内容である。
───お友達価格って何ですか?。
大阪人は値切りをコミュニケーションのひとつとして使う。けれど僕らはド真面目に値切る。そこで飛び出すのが「お友達価格」である。おいのび太、友達なんだから負けろよな。彼の目にはどいつもこいつもがジャイアンに見えるようだった。友達だったら俺から儲けろ。そんなお江戸の心意気はこの地には無い。お友達でも赤の他人でも結局は値切られるのだ。
営業困難な土地柄である。
マー君がやって来て1ヶ月が過ぎた頃、香川県に来てから心底驚いた2つの話を語り始めた。東京視点が分からない僕は興味津々で、その話に聞き入った。
───先ずは車です。高松の駅でビックリしました。何で軽自動車ばかりなのでしょう?。東京では軽自動車は珍しいです。あと、運送業者でも無い軽トラックなんて初めて見ました。軽トラを所有して何に使うのか不思議でした。
シティボーイはさらりと僕の地雷を踏んだ───テメェ、舐めとんか?。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。怒っちゃダメだ。冷静さを装いながら訊き返す。
「東京ってどんな車が走ってるの?」
「えっとですね、外車が多いです。ベンツとか、BMとか、ポルシェとか」
何その収入格差。
東京には大悪党がわんさか住んでいるらしい。幼稚園児のように真っ直ぐな目で言われても、大悪党の三文字しか僕は知らない。普通はね、余程の悪事を重ねないとね、ここではベンツに乗れないよ。オブラートにビニール袋を重ねて説明すると納得いかない顔をしていた。この子の給料は幾らなんだろ?。訊くことは無いけど興味ある。
───あと、何でテレビのグルメ番組があんなに人気なのでしょう?。香川の人って東京のお店に絶対行きませんよね?。行かないお店の情報を見て何が楽しいのですか?。
それは確かに…目に鱗が突き刺さった。食材を成仏させる料理番組なら納得できる。気が向けば自分で調理する事もあるだろう。けれど、わざわざ銀座へランチへ出かける事など無い。我々は、一杯100円のうどんに美学すら感じているのだ。
そもそもお友達価格の魔法が東京まで届かない。あの日からグルメ番組を見る頻度が極端に下がったのを覚えている。だってそうでしょう?、一生、行きもしないお店の情報から得られるメリットが見当たらない。
───この点はマー君と意見が一致した。
ドタバタミッションも成功し、マー君は東京へと帰っていった。よく話すけれど深くは知らない人物、謎多き仕事仲間、そんな立ち位置。東京のお店のように、もう、二度と会う事も無いのだろう。その筈だった。
───サヨリさんお久しぶりです。そちらにオリンピック関連のメールが飛んだと思うのですが破棄して貰っても良いですか?。誤送信です。
ケータイを確認するとそんなメールが入っていた。それはそれで構わないけれど、今は東京で何をしているのかと尋ねると、
「あー、今は中国にいます。オリンピックのお仕事で北京に来ています。これ、国際電話です」
僕はとんでもない人物と2ヶ月間を過ごしていたのかも知れない…。
あゝ…全力で媚売っときゃよかった(笑)。
コメント
お友達価格‥。初めて聞く言葉です。覚えておこうっと。こういうタイプのご当地ネタ、勉強になります。
茶熊さん、いつもありがとうございます。
香川はちょっと違う所があって、
県外からの人は迷う場面もあるようです(汗)。
気候が良くて災害の少ない土地柄なので、
微妙に他県とは違うところもあるのでしょう。
住みやすいと言う点では間違いなく良きところです(笑)。