お盆のうどん屋は大盛況だ。県外からのお客に加えて、地元の親子連れが集まるからだ。その行列は、テーマパークのアトラクションさながらである。ゲンちゃんうどんの前に作られた、長蛇の列に俺とオッツーの姿もあった。
「サヨっち。こりゃ、10分待ちかいな?」
「いーや、20分くらいじゃね? 県外の客はメニュー選びで悩むからなぁ……」
「長丁場だな……」
「長丁場ですなぁ……」
事前にメニューを決めて並ぶのが、待つのを嫌う県民の嗜みであるのだが、セルフに慣れぬ県外客ではそうはいかない。最後尾で順番を待っていると、オッツーの背中に何かがドン!っと、ぶつかった。
「わたしのオッツー、めーっけた!」
それは、ツクヨが体当たりした音であった。きっと、全力で駆けてきたのだろう、ツクヨの息が弾んでいる。なぁ、ツクヨ。お前は、オッツーにGPSでも仕込んでいるのか? オッツーの腰に抱きついて、ツクヨはぴょんぴょん跳ねている。恋愛感情ではないにせよ、ツクヨの仕草が羨ましい。ツクヨ在るところに忍在り。忍は守護神のようにツクヨの背中を見守っている。
「ツクヨ、うどん代はどうしたよ?」
小学生の姪に対して、その質問は当然である。
「今日は、のんちゃんのおごりなの。〝時は来たれる〟女子会だから。アケミちゃんと、ゆきちゃんも来るよ! にゃはははは」
たぶんそれは、時は来たれりの間違いなのだろう? オッツーを見つけた、ツクヨのどんぐり眼が細くなるのだが、俺が手に持つベルトを認識した途端。ツクヨの表情が険しくなった。親の仇でも見るような目で、ツクヨは怒りの念を俺にぶつけた。
「なんでサヨちゃんが、オッツーのベルトを持ってるの? それ、オッツーの宝物だし!」
ツクヨの隣で、忍が俺の顔を冷視する……何やってんの! そんな顔だ。いつまで経っても、この子は苦手だ。とはいえ、まぁ、いい機会だ。ベルトはオッツーから渡してもらおう。
「あっ、これね。オッツー、お前から渡してあげて」
俺はオッツーにベルトを手渡すと、オッツーは恥ずかしそうに、ツクヨの腰にベルトを巻いた。それは、オッツーからツクヨへの変身ベルトの授与式である。
「今日から、オレに変わってツクヨっちが正義の味方だ」
ツクヨの小さな身体に不釣り合いな大きなベルト。それを小さな手のひらで撫でながら、オッツーを見上げて、ツクヨは大粒の涙を流し始めた……どうした? 嬉しいのか? それは、歓喜の涙というやつか?───オッツーにツクヨが問う。その声は、この世の終わりのような声だった。
「死んじゃうの?……わたしのオッツー」
死なねーよ! よりにもよって、随分な勘違いだな。見る見るツクヨの表情が崩れてゆく。今にも号泣しそうな顔してるな、おい! オッツーは、首を横に振りながら微笑むだけだ。
「やっぱり……死ぬの?」
だから、死なねーよ! オッツーはしゃがみ込んで、ツクヨと同じ高さに目を合わせた。それはさしずめ、韓流ドラマのワンシーンのようであった。
「もうオレには、変身ベルトが要らなくなったんだ。もうすぐ、警察手帳をもらうから。だから、ツクヨっちが大切に持っててくれよな。ベルトの電池───新品だぞぉ~」
オッツーは、ツクヨの頭を優しく撫でた。ツクヨはオッツーから二歩下がり、二号ライダーのポーズを決めて、ベルトのスイッチをオンにする。
───ギュィィーーーーン!
健気な姪っ子の変身ポーズに、俺の方が泣きそうだ……。青空に浮かぶ白い月。俺は慌てて、月を見上げるふりをした。こんな世知辛い世の中やのに……なんつー、ええ話や……。天を仰ぐ俺に向かって、聞き覚えのある声がした───
「サヨちゃん、おひさ~」
声の主はアケミなのに、一瞬、誰だが分からなかった。
「おぅ? アケミか?───久しぶりやん!」
バッチリメイクのアケミが、ゆきと並んで歩いてきた。女は怖いな……。それほどまでに、アケミは都会のいい女になっていた。アジアンビューティー! その表現がピッタリだ。ゆきはというと、すっぴんで高校時代の制服だ。きっと、アケミの逆打ちをしたのだろう。肩にかけた謎の大きなバッグ。それがとても気になるのだが、もはや、ゆきのコスプレはお家芸。今となっては、驚きもしない。制服ならば、乳をしまう必要もない。
ゆきたちとは真逆の方角から、異彩を放つ赤いカジュアルスーツの女が、のんと親し気に歩いてくる……キツネ先輩が、本気を出したらそうなるの? にしても、洗練された都会の雰囲気が半端ない。俺に気づいたのんが大きく手を振っている。それぞれが、それぞれの戦闘服をまとっているのだが、オーバーオールに白いTシャツ。一番輝いているのは、俺の天使に決まってる。
これで桜木の姿があれば、放課後クラブが集結したのに……。俺にはそれが、とても寂しく残念に思えた……。なぁ、桜木よ……盆は無理でも、正月には帰ってこい。昔のように語らおう……ノスタルジックな気分に浸っていると、のんが俺に声をかけた。
「三縁さん。ご紹介しますね───わたしの親友、ゆいちゃんです!」
「初めまして、ゆいです」
「飛川三縁です。その節はメールありがとうございました。僕の隣が……」
「───尾辻正義君……ですよね? とても会いたかったです」
食い気味にゆいが言う。すぐさまゆいは、オッツーに握手を求めた。その指先のネイルがキラキラ光っていた。
「……え、オレに?」
大きな手をジーンズで拭くと、オッツーは握手に応えようと手を伸ばす。ツクヨの前で、それが悪手なのは明らかだった。
「だめぇー!」
咄嗟にツクヨは、オッツーの腕を掴んだ───誰よ、この女! ツクヨの心の叫びが、俺には聞こえた。ゆいの言動が波紋を呼んだ行列の中。ゆいを睨むツクヨと忍。不敵な笑みでバッグを覗き込むゆきとアケミ。それを笑顔で見守る俺の天使。この10分後。バッグの中身が、俺とオッツーに牙をむく───
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