013 タメ口への道のりは……
有友涼平の態度が違う。
阿川春花にはタメ口なのに、ボクに対して敬語を使う。会話のテンポがズレるのは、彼が言葉を選んでいるからだ。同級生なのに、文芸部の仲間なのに、同盟だって……結んだのに。彼との距離が縮まらない。どうしてだろう、なぜだろう……それがとても、もどかしい。
高校の廊下で、文芸部の部室で、学校の行き帰りでも……ボクは、彼の背中を追っていた───
「お誘いありがとうございます、葉山さん」
「今日も駅ビルは盛況ね。これじゃ、おばあちゃんの店が潰れちゃう……」
放課後、彼をファミレスに誘った。オタに補習があると嘘までついて。
彼に特別な感情があるわけじゃない。見えないものが見えている、オタの過去を訊くためだ。オタの過去を知ることで、なにかの糸口が見つかるかもしれない。そう見込んでのことだった。
「今週は『四国フェア』が開催されていますからね。駅前に、さぬきうどんの露店が並んでいました。そこで、葉山さんのおばあさんをお見かけしましたよ。お友だちと、おうどんを食べていました」
「そう、なんだ……」
喫茶ひまわりじゃ閑古鳥が鳴いている……か。次から次へと……忌々しい駅ビルめ。そろそろ、客引きの手を考えないと、このままではマズいわね。そうだ、店でオタに相談しよう。映えるメニューを考案できれば、SNSでバズるかも?
「ところで、葉山さん。ご用件は?」
そうだった。今、考えることはそれじゃない。
「えぇ、まぁ……えっと……」
が、気づいてしまう。
今まさに、有友涼平とふたりきり。高校のだれかに見られたら、それをオタが知ったなら。どう弁解すればよいのだろう……。彼に訊きたいことが山ほどあるのに、考えがまとまらない。
「僕はドリンクバーにしますけど、葉山さんはどうします? ファミレス定番のフライドポテト、注文します? 阿川さんは、パフェばかりですけれど……」
パフェとは? それは、つまり……トクンとボクの心臓が波打った。
「あ、有友君と同じものを。ポテトはパスで……ダイエットじゃないのよ。好みじゃないの……」
コーラとポテトの組み合わせは大好物であるのだけれど、これからボクは、彼にあり得ないことを語ろうとしている。お気楽に、ポテトを食べている場合じゃない。
「ひまわりちゃん、元気にしてる?」
「ええ。元気すぎて、おてんばです」
「……」
「…………」
それ以上、会話が前に進まない。初々しいにもほどがある。これじゃ、まるでデートじゃないの? オタに幽霊が見えるだなんて……どうやって、彼に説明すればよいのだろう。笑われたりしないだろうか?
あぁ……喉が渇く。
「お水、取ってくるね。注文の方、お願いね」
「お任せください。葉山さんの仰せのとおりに」
平然と席を立ち、彼に悟られぬように水を飲む。何事もなかったかのように席に戻って、
「はい、どうぞ」
ボクは彼の前にグラスを置いた。
「恐縮です」
彼が深々と頭を下げた。あとに残るのは沈黙だ……。
「なにか飲もうよ。有友君は、なにがいい?」
いたたまれなさに席を立つと、ボクを見上げて彼が言う。
「すみません……ジンジャーエールをお願いします」
彼の好みはジンジャーエール。ボクは心の片隅に記憶した。
「かしこまり」
そこまではよかったけれど、ファミレスに入ってから、すでに三十分が経過している───
笑顔を絶やすことなく、彼がボクの言葉を待っている。話さなきゃ……しっかりしろ! 葉山貴美子。このままでは、彼を誘った意味がない。心の中で、ボクは自分を励ました。
「ひまわりちゃん、元気?」
「えぇ、まぁ……」
「……」
「…………」
実に気まずい。
「もしかして、葉山さん。小太郎君のことですか?」
それじゃない。
「小太郎君のことじゃないよ。でもね……オタには、見えないものが見えていて……」
つい口が滑ってしまった!
「それから……」
その包み込むような微笑みに、トクンと心臓が高鳴って、胸の奥がギュッと痛む。いつも一緒にいたかった。ふたりだけが楽しかった。ひとりじめにしたかった……有友涼平と初恋の人の影とが重なって、しゃぼん玉が割れるように、ボクの中でなにかが弾けた。
今なら素直になれるかも……。
「オタのこと……悪く思わない?」
「思いませんよ、断じて」
彼の声が鼓膜を揺らす。低音ボイスが心地いい。ボクの話を信じてくれますか? 彼だけには信じてほしい……。
「お水のグラスをね、オタがお客さんの数よりも多く持っていくの。たまにだけど……」
「それから……?」
彼の声に導かれるように、ボクの口からオタへの想いがあふれ出た。
「ぜんぜんボクは気づかなくて、おばあちゃんが教えてくれて……おばあちゃんから、『ハルカちゃんを守ってあげなさい』って、言われて。でも……ひとりじゃ、どうすることもできなくて……でね……」
言葉足らずでごめんね。起承転結がなくてごめんね。ぎこちなくてごめんね。心の中で謝りながら、ボクはありのままを語り続けた。その間、彼の視線がボクから離れることは一度もなかった。あの人も……そうだった。
「有友君は、どう思う?」
彼の口が静かに開く。
「阿川さんには、見えていますよ。小太郎君をご存じですか?」
また、小太郎君?
「有友君ちへ行く途中で、オタが挨拶していた柴犬でしょ?」
「そうです。では、質問を変えます。小太郎君の姿を、葉山さんは見ましたか?」
「あのときは走ってたから……」
見ていない。
「小太郎君。去年、虹の橋を渡りました。母と小太郎君の飼い主さんとは、婦人会の知り合いなので……」
真顔で彼が、そう言った。
「虹の橋とは?」
「母は、飼い猫が天に召されることを『虹の橋を渡る』と表現します。そして、『虹の橋で毛皮を着替えて、飼い主の元へ戻ってくる』とも……母にとってのひまわりは、以前飼っていた子の生まれ変わりなんです」
「つまり、小太郎君は……」
「そうです。今もなお、阿川さんに小太郎君の姿が見えています。僕の知る限り、同じような事例はひとつやふたつではありません。直接的ではないにせよ、それも要因のひとつでしたから。うすうす……その自覚もあったようです」
彼の言葉選びが、いつも以上に慎重だ。要因って、いじめのこと?
「自覚とは?」
「阿川さんは、先に考えが口に出てしまうタイプです。それは悪いことではありません。阿川さんの気さくさは、クラスの男子からの人気も高いです。けれど、そこに誤解が生じます。今は、瞬時にごまかしているようですが……」
有友涼平は、オタの秘密を知っていた。
「知ってたの? いつから?」
「えぇ、雨の日に。家の近くの陸橋で……詳しいことは、葉山さんもご存じかと。お察ししていただければ、幸いです……」
彼の視線がボクから離れ、表情が固くなる。その遠い眼差しに、なにが見えているのだろう。足の怪我さえなければ、今も甲子園を目指して、ボールを追いかけているはずの彼である。店内を飛び交うざわめきだけが、ボクらの隙間を埋めていた。
「ねぇ、有友君……」
「はい?」
「オタの能力は、霊視とかスピリチュアル的なものじゃないと思うの。もっとこう、気づきの洞察……超感覚とでも言うのかな」
不器用にぎこちなく、ボクは彼に心を開く。
「さすがですね、葉山さん」
大きな彼のうなずきが、ボクの心を軽くする。オタの過去とオタの日常。そこから導き出されたボクの解答。そのすべてを語り尽くして、ボクは彼に微笑んだ。
「有友君に相談してよかった。すごく悩んだけど……よかった。ありがとうね」
「そう言ってもらえて、光栄です。彼女の能力に対する、葉山さんの見解には感服しました。その視点が僕にはありませんでした。さすがです」
有友涼平は、いつもの笑顔に戻っている。緊張の糸がほぐれたボクは、
「タメ口でいいよ。もう、何度目かな? これ、言うの」
もう一歩だけ、歩み寄る。
「そうですね……」
彼の口調に変化はない。
「毎回、毎回。ボクに同じことを言わせるつもりなの?」
意地悪だと思われるだろうか?
「ですが……葉山さんは、葉山さんなので……すみません」
タメ口への道のりは、思いのほか遠そうだ。

コメント